夢の具体化

  • 2019.02.21 Thursday
  • 19:04

(今日のムフフ)

ライブでは本当にキラッキラッで、たまに入る命令口調が最高なんだけど、意外と普段は「普通」な感じのR様。決して「俺様」ではないのよね。カウコンで新年になった瞬間、メンバー同士で喜ぶグループもいる中、まず先輩たちの方に向かって挨拶していたなぁ。世渡り上手、可愛がられるタイプと言ってしまえばそれまでだけど、そういう謙虚さは持ち続けてほしいなぁ。「俺が俺が」では、最後まで行けないのよね。ステージに出る直前だけ「自分が一番カッコイイ」と暗示をかけるって言っていたなぁ。普段はそうは思っていないという謙虚さがいい。だから、成長するんだね。

 

今月はちょっと仕事が詰まっていて、これまででもう75時間も働いているから、1カ月だと100時間になるかもね。仕事以外にも家族のためにやることもあり、結構ハードに感じているけど、たぶん家族の他のメンバーの目にはそうは映らないでしょう。春休みだから日によっては、カフェで1日5〜6時間バイトしている娘の方が、「私は働いてきた感」出しているけど、母は少なく見積もって君の3倍の時給で働いているのですよ。家で楽しているように見えて、脳内疲労は半端ないんだからねえ、なんて、誰に言うわけでもなく自分の中でこっそり思う。その上、仕事の前後の家事が毎日ある。朝からお弁当作り、掃除、洗濯。夕方は買い物(必要時)、料理、お風呂の準備。夜は片付け、また洗濯、と一日中用事で埋まっている。ああ、だめ、そんな生活。なんとかしなきゃ。自由が欲しい、と夕方になると思う。このまま切りの良いところまで仕事したいのに、今日の夕飯どうしよう、と思うことが多い。だれか全部やってくれ〜、と思う。自分一人ならアンパンかじっとけばいい、なんてすぐに思う。でも、人間としてそれはどうよ、って神様も思ったから、私に家族を与えてくれたのだろう。そう、放っておいたら仕事人間にすぐになってしまう私を救うためにね。

 

今後の家族の形態に合わせて家事のシェアについては考えていくにしても、とりあえず、私がメインで家事を担いつつ、仕事もしたい、という状況が続きそうで、やはりそうなると仕事の時間を減らして余裕を持たせるしかないなあと思います。もっともっと効率よくしていく、つまり時給を上げていく。それを心がけつつ、所詮この仕事では効率化というか稼げる額に限界があるので、がんばりすぎない。自分にとって大切なことは何かを見失わないでいたいです。

 

最近、今までにない焦りを感じ始めました。たぶんこれまでは「夢」を持つことで、現実逃避していたのですね。例えば、「いつかこんなところに行きたいな」「いつかあれをしてみたい」「いつかこれが欲しい」エトセトラ、エトセトラ。でも、もう「いつか」になっていてもいいころです。そうすると待ったなし。わお、これは厳しいわ。じゃあ、諦めるの?よく年配の方から聞く言葉(同年代からも聞くけどね)「こうするのが夢だったんだけど(もうかないっこない)…」。やだ、それは嫌だ。夢の具体化、それって本当に大変だけど、今後の人生はそれに取り組みたいです。少しでも理想に近づけられるよう。まだまだやれることはある。そのためにももう少し時間の余裕がほしい。2月いっぱいは仕事が詰まっているので、3月になったらじっくりと考えたいです。

読んでおくべきか

  • 2019.02.11 Monday
  • 11:06

(今日のムフフ)

きゃ〜、R様が沖田総司役!? 活躍の場が与えられて良かったね!司馬遼太郎さんの「燃えよ剣」を読んでおくべきかどうか迷うなぁ。

飽きるほど

  • 2019.02.07 Thursday
  • 19:23

(今日のムフフ)

え?「アジアで最もハンサムな顔2018」にノミネートされたって?同じグループから2人もなんてすごいね!まあ、当然私はR様推しだけど。そんなものが本当の指標にはならないのかもしれないけど、注目されているってことはいいことだよね。あの顔を自分では決して見られないというのはかわいそうなくらいだよ。自分が思っている以上にすごいからね(って私もほぼ映像でしか見たことないからおんなじか)!

 

ウクレレ教室、発表会が迫っています。今回は先生担当の各教室のメンバーが揃ってやる「戦場のメリークリスマス(ちょっと季節は終わりましたが)」といつもの教室のメンバー3人だけでやる「スマイル」。スマイルはチャップリン作曲だったのですね。真央ちゃんのエキシビションでも使われていた曲です。そして、そのシンプルな曲をウクレレ2人とピアノ(私)1人でやることになりました。ピアノアレンジは完全に自己流。いやあ、勉強になりますね。クラシック一辺倒だったから、コードとかが特に勉強になります。

 

先日の教室でメンバーの1人が「暗譜のコツってありますか?」って先生に質問したところ「その曲に飽きること」と先生がおっしゃいました。その極意は、その曲に飽きるほど弾きこめば、自然と暗譜してしまう、飽きた頃には覚えている、というもの。うん。言い得て妙ですね。

 

翻訳にも同じことが言えるのかなあと思います。いつもの案件は別として、新しいものは、どんどん訳していってもう飽きてきたなぁというくらいにやっとこなれた訳文になったり。その感覚で最初の頃に訳したものを見直すと、いろいろと手直ししたくなってきます。だから分納は、慣れた案件ならいいけど、基本的にはしたくないですね。今は3週間くらいの案件の、山で言えば約七合目にいるのだけど、その頃になると、次にどういう展開の文が来るのかある程度読めるようになってきます。そうなると、翻訳のスピードも上がるし、こなれた訳文になる。そう、飽きた頃にね。

 

案件をもらった時点で、全部に目を通すという方法ももちろんあるのだけど、細かく訳していかないと見えてこない世界というのもあって。だから、下訳を作ることはしないけど、最初からパーフェクトは目指さずに始めることが多いかな。自分がどんどん成長していくから、成長した自分は、最初に訳したときの自分とはもう違っていたりもするのです。過去の自分は信用せず、今の自分、これからの自分を信じたい。

 

だから、訳文の見直しはすぐにはしません。単語レベルでの見直しはその都度やって、全体的な流れとか、言い回しの修正は最後にやります。その時間は、1ヶ月の案件だと1日くらいでしょうか。そこが実は一番楽しい。文章そのものについて一番考えられるから。音楽で言えば、楽譜を見ることなく、音だけに集中できるというのかな。そんな感じです。

 

自分の文章は自分の作品だから、自分の書いたものを読むのがすごく好きなんです。だからブログは、書くのは早いのだけど、その後何度も読みたくなるから時間がとられちゃう。そう、鏡を覗き込んでナルシストになることはないけど、自分の作り出すものは、文章に限らずなんでもず〜っと眺めていたくなるんですよね。そこに自分の美意識をいっぱい詰め込んでいるときは特にね。

翻訳考

  • 2019.02.02 Saturday
  • 11:07

(今日のムフフ)

ここ1年半くらいのR様のTV出演の映像を見返してみると、グループAメンバーとの共演がちょこちょこあって、その当時はそのメンバーたちが「なんだか暗いな」とか「なんだか他人事みたいなコメントをするな」と映っていただけだったけど、今思えば自分たちの胸にそんなことを抱えていたのね。R様しか見ていなかったから気づかなかったけど、いや、ファンの人たちも誰も気づかなかったんだよね。この隠していた期間がどれだけつらかったかなと思う。

もしかしたらR様だってグループとして活動するのが後10年くらいかもしれない。いや、もっと短いかも。それどころか永久に見られなくなる可能性だってある。そう思うとライブ1回1回が貴重なものに思えてくる。

何事も永遠に続くということはなく、諸行無常なんだよね。一瞬一瞬を生きるしかないんだよね。

 

 

ブログの更新が滞っていました。日常のことはほとんどインスタ(アカウント:athomepart2)にあげているので、なかなかブログまで回らないのですよね。ブログの位置づけが、「文章を思い切り書きたい時のもの」になりつつあって、そうなるとスマホではなくキーボードで打つ方が楽なので、PCの前に座っていなきゃいけない。でも、仕事が終わるととりあえず机から離れることにしているので、ブログを書く機会が失われがちなのですよね。

 

 

ブログを書くことは自分にとっては娯楽の1つなのだけど、それ以外にもしたいことがありすぎて、なかなか時間がとれないです。また、ブログには決意表明的なことを書くことが多いけど、思うだけではやったことにならないと常々思っているので、机上でごちゃごちゃ言う暇があったら行動に移したいから、あーだこーだと言っている時間がなくなってくるのですよね。

 

そんなわけで、なかなか書けないブログですが、書きたいなと思うことはよくあって。昨日は入浴中にああ、これ書きたいと思ったことがあったので、久しぶりに書いてみようかな。

 

ずばり、仕事の話というか翻訳について思うことです。

 

仕事のなかにはいつもの案件というのも多く、その場合は頭の使い所がどちらかというと原文の情報を正確に把握するということになるのだけど、なかには自分の翻訳欲を刺激される案件もあるのです。

それは、どうしたらこの情報をこの読み手に簡潔で明快に伝えることができるだろうか?と考え続ける案件。

同じ翻訳でも、原文に忠実に、なんなら直訳ベースで訳したほうが良い場合と、内容をくんだうえで、ある程度意訳になってもかまわないから読みやすさを重視する場合とがあり、そのどちらかというわけでもなくどれくらい崩すべきか、というさじ加減が非常に大切になってくる。その際、考えるべきは読み手のニーズに合わせるということ。お客様あっての仕事ですから。だから、想像します。この文書はお客様がじっくり読み込むものなのか、それとも情報を拾う程度に読むものなのか。

自分の翻訳欲が刺激される案件は、どちらかというと後者で、「きっとお忙しいだろうお客様が目を通したときに、内容がすーっと頭に入るようなものにしたいなあ」と工夫したくなるのです。

 

そういう場合は、原文の構造、動詞や名詞などの品詞については無視します。つまり、英語でこう書かれているから直訳するとこうだよね、ということから離れて、この内容を日本語で伝えるにはどういう文章がいいかを瞬時に考えます。英語独特の表現、日本語独特の表現というものがあるので、原文にひっぱられていたら「こんな言い方日本語ではしないよね」という文章になってしまいます。とはいえ、創作してはいけないので、原文を等価で訳文に移さなければなりません。そこが翻訳の肝であって、直訳できるのは当たり前、そこから先が腕の見せ所なのですね。そして、その作業が本当に楽しい。自分の言葉を紡いでいくという作業が延々と続くのですから。

 

実務翻訳の場合は、基本、シンプルイズベストで、無駄なものは削ぎ落としたほうがいい。英語はくどい表現が多いので、バッサリカットする「勇気」が必要です。実力だめしの意味で今でもたま〜にトライアルを受けるのですが、駆け出しの頃は安全策を取ってわりとていねいな表現にしていた訳文を、最近ではバッサリシンプルなものにして提出しています。まあ、不合格になったことはありませんね。押さえるところは押さえているということでしょうか。

 

翻訳の作業中は、さあ、この文章をどう料理して提供しようか、とワクワクします。凝りすぎると時間がかかるし、そのせいで独りよがりな文章になったりもするので、そこは控えめに。あくまでも黒子ですから、「そういえばこの文章読みやすかったなあ」とじんわり思ってもらえるくらいで上等。いや、文章のことについて考えさせないくらいがいい。「凝った表現だよねぇ」なんて思われると失敗に近いかも。そのあたりもすべてはお客様のために。それが仕事ですね。

 

そういえば、最近参考になったのが、受験英語の勉強真っ只中の次女が言った言葉。「カタカナ表記にすべきかどうか迷ったときはおじいちゃんやおばあちゃんがその言葉を使っているかどうかで判断する」と塾で習ったそう。なるほどね。うん、でもそろそろ私たち世代がおじいちゃんおばあちゃんになってくる頃だよ〜(泣)。そういう意味では自分がその言葉を日常で使うかどうか、なんだけど、一般的に使われているかどうかの判断がまた難しい。自分は使うけど、そんなの周りで使ってる?って考える必要がありますね。まあ、あくまでもこれは一般的な文章に当てはまることで、普段の仕事のほとんどは読み手が専門家なので、その心配はありませんが。

 

趣味ではなく仕事として翻訳をやっていることの喜びを自分はひしひしと感じます。翻訳でなくても、仕事というのはそういうところに喜びがあるのかな。相手が必ずいるというね。だから、どうなんだろう、ムフフ話に戻るけど、仕事のありがたみというのはなくして初めてわかるのかもよ。R様はすでに、この世界でないと生きていけないと覚悟を決めているし、自分の能力を活せる場所があることのありがたみをわかっているような気がするなあ。先のことはわからないけどね。でも、自分を過信していると大切なものを失うような気がします。貪欲なのはいいけど、謙虚さも必要なのかなあと。まあこんなことを思うのは一部の人(もしかして私だけ?)で、自分の中での仕事というものの位置づけは人それぞれだから、外野がどうのこうのいうことではないのだけどね。

 

今年の目標

  • 2019.01.06 Sunday
  • 11:51

(今日のムフフ)

カウコンの最後の場面、引退するT君たちの真後ろにいたR様。昔バックで踊っていただけに、フリも完璧だったわ。ラストソングのとき、T&T以外の何人かがマイクを持っていて、そのうちの1人にR様が入っていたのだけど、大人数で歌っていても、R様が歌っている声が時々聞こえてきたわ。やっぱりそんなときでもちゃんと歌っているのね。どんなときもマジメ。それってダサいことではないよ、決して。きっと本人は天才に憧れているんだろうけど、こちらとしては、努力でそこまで持っていっている人の方が、応援したくなるな。だから、R様のファンが多いんだと思うよ。

 

 

年始早々に風邪をひき、ダル重な身体を引きずりながら仕事。今日でなんとかすべての訳出を終わらせないとね。ああ、しんどかった。

でも、少し思ったのが、この仕事、体力をほとんど使わずにできるなあということ。エルゴノミクスデザインの椅子に座って、大きなモニターを見ながら、キーボードとマウスも負担がかからないものを使っていると、ほぼほぼ身体へのダメージがないから、休憩気分で仕事ができる。もちろん頭の中はクリアでないといけない。それは風邪を引いていないときも同じで、だいたい普段、気づいたら1時間半くらいぶっ続けで仕事していることが多いのだけど、1時間半くらいで、脳が悲鳴を上げるから休憩を取る、という感じ。それは風邪のときも同じで、ああ、もうだめと思ってから、タイマーを見ると大体1時間半。見事な脳内時計ですね。

とにかく、この仕事、脳さえ保てれば、歳をとってからもできそう。まあ、脳を保つのが大変なんだろうけど。

 

身体のコンディションが万全でないと、少しネガティブになってきたりもしたんだけど、旧友から立て続けに「山、登ろう」とお誘いがあって、それがうれしくて気分が晴れました。この年末年始に会って話したり、年賀状で伝えたりして、私の「山熱」を知った旧友が反応してくれたという感じ。うれしい限りです。仕事は1人でするのが好きだけど、余暇は仲間とワイワイするのが好きだから、山もソロで行く気は全然なく、山友を探していたんです。これまでに5人は「一緒に登りたい」と言ってくれていて、バラバラのつながりもあるので、これからどうやって計画していこうか、楽しく悩みたいと思います。

 

そんな中2人が、山のためにトレーニングを画策していると、伝えてきたので、私も本当にそちらをがんばらなきゃと思わされました。今年の目標を何にしようかと思っていたのだけど、やっぱりそれしかないかな。山のために足腰を鍛える、ということ。

すでに毎日のテレビ体操とヨガは定着しているけど、足腰トレーニングはまだ定着していないから、それをどうするのか本気で考えて実行しようと思います。友だちの1人は、7階にあるオフィスまでエレベーターを使わずに上る、ということを、屋久島に行く前にやっていたのだけど、それを再開する、と言っています。もう1人は、具体的にどうするのか聞いていないけど、たぶん通勤にからめるんじゃないかな。う〜ん、自宅労働の自分はきつい。外に出る、ということがハードルになるのですよね。でも、そこを何とか考えたい。考えることを含めて今年の目標はそれ。それ1つ。

 

あと、願望的には手作り品のネット販売や、家の中をきれいにすること、などがありますが、「できればいいな」くらいの目標。

ネット販売はインスタグラム(アカウント:athomepart2)経由でメルカリでやろうと思っています。

 

仕事面は、このままの調子で。夫の仕事が山場なので、私は余裕をもたせておきたいな、という感じです。家の中では主役にはなれないけど、誰かが脇役だから、主役が輝くのです。もちろん、私だけの小さな世界の中ではこれまでどおり自分を思い切り発揮して好きなように突き進んでいきたいけど、家族の中で「私は今大変なのよ」オーラを出すことは、自分の美学に反するので、これからもしないでしょう。ただ、次女の受験が終わったら、夫は自分のことは自分でできるので、やっと私は誰にも遠慮せずに本当に好きなことがやれる。子どもたちが学生の間はまだもう少しサポートするけど、それ以降は子どもたちとも対等な関係だと思っています。つまり大人同士。ワーキングウーマン同士。どちらかを踏み台にしてしか成り立たないような生き方はよくないよね。

 

夫の仕事は、何年も1つの同じ治療法だけにかかりきりで、それが承認されるまで何年も携わるというもので、それはそれは気の長い話です。一方私は、次々と新しいものに触れています。例えば既存のPD-1/PD-L1抗体薬を癌以外に使ったり、新規の抗体薬が開発されていたりと、どんどん時代が進んでいくのを肌で感じています。最先端に触れることは絶対にない(だから、こうやってブログにも書ける。私が請け負っている時点で、もうネットでもアップされている古い情報だから)けど、わりと間近で見られるという感じかな。おもしろいです。そういう意味でも自分に合っている。あの気長な研究の世界はとても耐えられないから。

 

話がそれましたが、今年の目標は「足腰増強」。なんだか冴えない感じだけど、今の自分、そして将来の自分にとってすごく大切なことだと思っています。この1年で、それを達成できるのか。早くもプレッシャーを感じてきました。

 

天職

  • 2019.01.02 Wednesday
  • 11:42

(今日のムフフ)

名古屋でメンバーから、主演映画が決まったことを報告されたとき、本当にうれしそうだったR様。2017年に比べて2018年は演技の仕事が少なかったのかな。仕事が忙しすぎると休みたくなるけど、暇を感じすぎると仕事したくなる、その気持ちわかるよ。自分の力を思い切り発揮する場がほしいよね。今年もいっぱい仕事できたらいいね。楽しみにしてるわよ!

 

 

今日が仕事始め。年末29日まで仕事して、30日は外出、31日は家の用事だったから、昨日の元日はゆっくりできた〜!ただし、今年はいつもと違って、受験生の次女と私だけ実家に行かないから、おせち、お雑煮などの準備は自分でしたけどね。朝、目覚ましなしで寝ていいという快楽。次女の塾のお休みが今日までなので、明日からまたお弁当づくり。春までは精一杯サポートしましょう。

 

 

年末の記録。

12月はコンサート三昧。

夫に付き合い、TULIPのコンサートにも。

 

 

みんな、歌がうまい!CDと変わらないだもん。そりゃそうか、それが歌手だよね。しみじみとなつかしの曲にひたりました。

 

 

TULIPの次は、お待ちかねのナゴヤドーム。

 

グッズを買ってから、ひつまぶしでランチ。有名店なのかして、1時間半並んでやっと食べられました。

 

 

席はスタンド中央の前から7番目くらい。なかなか良いお席。でも、遠かったなあ、今までの会場と比べると。音響も劣ると思ったし、やっぱりドームでのライブはその場で一緒に騒ぐ、くらいに思っておいたほうが良さそうですね。でも、まあ、それは素敵なひとときでした。Y君が、うちわに書いたとおりにファンサービスしてくれたしね。やはり(?)、おばさんに優しいのね。

 

帰りはドームから名古屋駅まで2時間くらいかかりました。普通なら20〜30分でしょうけどね。人が多すぎて進まなくて。

それでも、 21:40頃に予約していた帰りの新幹線を早めることができました。その場でスマホで変更して、ICOCAを改札で通すだけって、なんて便利!

 

新幹線の中で晩ごはん。30分強しかないからゆっくりはできなかったけど。まるで韓国への飛行機に乗って機内食を無理無理食べている感じでした。

 

 

年末には毎年恒例の高校部活同窓会。いつものロンドンティールームで2次会。今年は18人中10人が集まりました。東京、愛知から来てくれたメンバーも。ほんと、楽しい時間。そして勇気づけられる時間です。

 

 

その同窓会で、子どもたち(+旦那サマ)がアニヲタなのが許しがたいというメンバーがいて。話を聞いていると、ちょっとうちの夫の気持ちもわかりました。でも、私がR様とのウキウキの日々を伝えたあとに、「若者文化って、正しくないのかもしれないけど、楽しいよ」と言ったら、「うん、最近、正しいことが正しいわけじゃないと思い始めた。そもそも何が正しくて何が正しくないのかなんてわからないものね」とポツリ。彼女の気持ちわかる。私だって正しいことだけにひっぱられていた時期が長かった。正直、同じ高校の仲間なんて、世間一般からみたらかなり正しい人たちばかり。みんな結局まじめでがんばりや。いい子だったし、いい妻、いい母になっている。その中でパット見、一番のがんばりやに映っていただろう私は、実はそれほどまじめではないと自分では思っているのだけど、それでも世間からみたら相当まじめ、努力家でしょうね、今でも。でもそれは自分のため、自分がそうしたいからそうしている部分も大きい。わかっていてやっているというのかな。目標達成のためでもあるし、そうしていることが嫌いではないという部分もある。客観的に自分を見たときに、自分には正しさよりも楽しさが必要だなと思ったから、最近そういう方向にシフトしていますが。

 

 

翻訳の仕事が天職?って聞かれると、はい、と大きい声で言うつもりはないけど、自分には合っている。自分の強みを活かせる仕事といったらいいのかな。おそらくこんなに地味で緻密で根気と自己管理が必要な仕事はそうそう誰もができるわけではない。自分にはそういうことがそれほど苦痛ではないけど、苦痛な人もいると思う、というかそういう人がほとんどだろう。逆に私には向いていない仕事っていうのもいっぱいあって、それができている人は尊敬する。私は人に合わせるのも、自分でコントロールできないのも、成果や自分の成長が目に見えないのも、仕事の時間をダラダラと過ごすのも好きではない。だから、そういう仕事は避けたい。ただそれだけ。どちらが偉いとか、そういうものではなく、自分に向いているものが一番。そういう意味では今の仕事は天職と言ってもいいかも。R様が「アイドルが天職、それしかやれることはないから」と言っているのと同じくね。

 

 

絶対成し遂げたいことはもう成し遂げたと何度かここに書いているけど、それは、家族を作ることと、天職に就くことでした。それはどうしても欲しかったから手に入れるまではある意味必死だったと思います。でもそのおかげで手に入れたからすごく満足。ささやかなささやかな達成だけどね。その2つを大切にしながら、楽しい時間を今年も過ごしていきたいと思います。

ピュアに生きる

  • 2018.12.31 Monday
  • 11:33

年明け納品の仕事にアップアップで、記録としてのブログを書いている余裕なし。いろいろ楽しいことがあったから記録しておきたいのだけど、今日くらい年末の用事をしないとね。

 

今年の振り返り。

人生半分まで来たなと意識してから、自分の中でいろんなことが変わってきて。義務感や責任感のために動く時間はもういいかなと思い、自分の人生の中で絶対に成し遂げたいことはもう成し遂げたなと思ってから、人生が増々自由になってきました。はっきり言って「自分に甘い」です、今は。もともとそういう性格なんんだけど「やりたいことだけやって、やりたくないことはやらない」というのが強くなってきました。高校生の次女が大学生になったら、もう一つ自由を感じるでしょう。親としての最低限のお世話も、いざとなったらしなくても大丈夫、だって自分でできるから。あとはお金だけ。それは大学卒業までは面倒みるけど、あとは知らない。あの子たちにはあの子たちの人生がある。どうぞご自由に。そして自分には自分の人生がまだまだ続く。そちらのほうがずっと大切で、最後まで自分で責任を取らなきゃならない。

 

断捨離的思考ではないけど、要らないものがあると本当に好きなものが入り込む余地がなくなる。そう思うと自分の持ち時間すべてが愛おしく思えて、しょーもないことしたくないという気持ちが強くなるのです。どうでもいい人たちとのつきあい、どうでもいい活動はできるなら排除したい。どうでもいいことをしていると本当に好きなことができなくなる。時間は有限なのです。それに気づかないと、気がつけば好きなことは何もしていない、好きな人とは全然会ってないということになる。その分、どうでもいい人と関わっているし、どうでもいい時間の使い方をしているのですね。

 

だから最近は、好きなことがいっぱい、好きなことのために生きているって感じがだんだんしてきました。まだまだだけど、ちょっとずつ、ちょっとずつ、置き換えている感じかな。だから、例えばたった1人で食べるご飯も、これが食べたいから食べよう、って考える。時間があれば好きなことだけしたい。それだけを考えてその中に身を置きたい。

 

人生の後半はもっともっとピュアに生きていきたい。そのためには世間の雑音には耳を傾けないことですね。自分の心の声だけに敏感になって。

祭りのあとは

  • 2018.12.27 Thursday
  • 20:36

(今日のムフフ)

祭りのあとは、仕事が詰まっていて、というかこのままだとお正月休み返上になってしまうので、R様のことをじっくり書いている余裕がない。一言、メガネ姿がso cute!だったとだけ書いておこう。

1年間待つのはつらいけど

  • 2018.12.19 Wednesday
  • 18:52

(今日のムフフ)

主演映画が決まってヤッホイ!公開は再来年だけどね。名古屋からの帰りの新幹線も予約したわ。ネット予約して、改札ではICOCAを通すだけって便利な時代ね。最近は姪っ子さんのオムツ替えなんかをしているとか。いいパパになりそう。ああ、ママがうらやましい。でも、そうなったらそうなったで祝福するよ。会報誌ではアリーナツアーの振り返りのコメントで、中止になった公演のことにもちゃんと触れてくれていた。そういうところがほんといい。浮足立ちすぎず、いつも細かいところまで気配りしてくれるね。ありがとう。

人生の正午

  • 2018.12.14 Friday
  • 12:09

お友だちがチケットを取ってくれて、葉加瀬太郎さんのコンサートに行ってきました。

平安神宮にほど近いロームシアターが会場です。

 

その前に腹ごしらえ。ラ・ヴァチュール(→)さんで名物のタルトタタンをいただきました。お店の人によると、季節でりんごの水分が変化するため、味にも違いが出るらしいです。何度でも訪れたいお店ですね。

 

コンサートは、とっても良いお席でした。お友だちに感謝。

 

 

葉加瀬太郎さんのコンサートは初めて。期待通り、めっちゃ楽しいトーク。そして、歌うようなバイオリンの音色に聴き惚れました。規模は小さいけど、自分もウクレレを人前で披露する機会があるので、いろいろと参考になることが多かったです。聴衆を楽しませるにはどうしたらよいかということも勉強になりますし、音楽以外でも、自分の強みを発揮するとはどういうことか、信頼できる仲間とともに成功するとはどういうことか、などなど、考えさせられることがいっぱい。同年代ですしね。まあ、そういうことを考えつつも、本当に楽しい時間を過ごし、良い経験をさせてもらいました。

 

葉加瀬さんは50歳になったそうで、「人生の正午」だと捉えているそう。ふむふむ、そうですね。

さて、午後はどうやって過ごしますか。

自分自身は、午後は好きなことをして過ごそうと思っています。午前中は、絶対に成し遂げたいことを成し遂げるために時間を使ったような気がします。いろんなことをがんばって、責任も果たして。まだ子どもたちへの責任が若干残っていますが(大学の授業料を払うということ)、それさえ終われば本当に好きなことをして生きていきたい。もう成し遂げたいことは成し遂げたのだから、気楽にね。

 

先日、同じく娘2人を持つ友人と「私たち、子どもがもし1人なら世界一周くらい簡単に行けるよね」「もし子どもがいなかったら何周も回れるよね」なんて話をしていました。それくらい今は子どもを育てるのにお金がかかる。お金だけでなく、労力もかかります。友人も、娘さんの部活関係のサポートで大変だったみたいです。朝は5時に起き、お弁当やら駅までの送り出しやら、そして教育費捻出のためにフルタイム勤務、帰宅後なんとか夕飯を作ったあと、どうしても一度寝てしまい、夜中の2時頃に起きて、後片付けなどをしているとのこと。子どもたちを大切に思って本当にがんばってきたからこそ、子育てが終わったときのことを楽しみにしています。やっと自分の時間だと。「孫(将来いるとしたら)はたまに会うくらいでいいかな」と言っていましたが、全く同感。もう子育てやりきったもんね。

 

世のお母さんたちは、SNSに子どものことしかアップしないとか、LINEのアイコンが子どもの写真だとか、話題が子どものことのみとか、そういうことを批判している人の気持ちはわからないでもないけど、それだけがんばっているのよね。自分にはお金も労力も回せないほど、子ども中心になってしまう。日本社会での子育ての体制には大いに疑問を感じるけど、お母さんたちががんばっていることは確か。だから、いいじゃん、子どもが中心でも、と今は思います。そんなこと言い出したらSNSにはペットの写真もあふれていますしね。それだけ自分が大切に思っているんだからいいじゃん。

 

人生の午前中を精一杯過ごし、正午を迎えると、午後もまた楽しみですね。お昼寝するもよし、もうひと踏ん張りするもよし。自分の好きなように過ごしたいです。

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