「熱い心でクールな仕事を」がモットーの
メディカル翻訳者の日々の暮らし
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福井旅行

(今日のムフフ)

左耳かけオデコ半出し首筋にタトゥーシール(+カラコン(グレー?)と左耳ピアス)。アンコールの時はオールバック。5メートルまで近づいたときの感想。「顔ちっさ!!」

去年のライブDVDで青のカラコンにオールバックの姿を見たときは「もはや日本人ではない」と思ったけど、今回間近で見て「もはや人間ではない」と思った。

去年が興奮しすぎてほとんど覚えていなかった反省から、今年は正気を保とうとしていたけど、最後に至近距離に来たときはもう無理。その時のことは覚えていない。ごめん、伊野ちゃん、その後に来てくれたのに意識朦朧でぼーっとしたままだった。。。

 

 

 

福井にはライブの前日から入りました。

グッズを買うのに2時間並んだ後、東尋坊へ。

 

崖のそばまで行くことができるけど、下を見るのは怖い。

 

 

近くにあったひまわり畑。JKはこういうところでインスタ用の写真を撮るのだと、次女にせがまれて車から降りました。

ひまわりって、本当にみんな同じ方を向いていますね。

 

 

あわら温泉で宿泊。お宿(→)には源泉かけ流しの温泉があって、気持ちよかった〜!

 

 

夏のお楽しみが終わってしまいました〜。家族旅行とライブ参戦を同時に楽しめてよかったです。

仕事部屋のポスターを去年のものから今年のものに張替え、気持ち新たにお仕事進めましょ!

結果的に

(今日のムフフ)

何着ていこうか迷っていたけど、やっぱり少しでも応援したいからメンバーカラーの服で。

アウトレットで700円台でゲットしたもの。後ろにリボンが付いていてかわいい。まあ、本当は恥ずかしいんだけどね。でも、もしこの色が目に入ったらうれしいでしょ。

 

 

 

 

先日、あるバイリンガル翻訳者さんの時給が9000円だとの話を聞き、和訳オンリーの私はそこまでは無理かなあと思っていたけど、先ごろ15万円弱の案件を15時間でやっていたことがわかり、それ自体は時給9000円台の仕事となりました。受ける仕事全部がそうではなく、平均すると4000〜5000円なのだけど、ちょっとだけうれしかったです。決して焦ってやったわけでも、もちろん手を抜いたわけでもなく、品質は保証されていると思いますが、これまでの積み重ねでこういう風にもなるのですね。少し前までは時給アップを目標にしていたけど、今はちょっと方向性が変わってきて、受けている仕事も様々です。だからあまり「効率化ありき」では考えていないのですが、結果的にはそうなったということでしょうか。このような作業量と所要時間のデータは一応取っているのですが、訳しているときはあまりそのことは考えていないのです。「1文入魂」って感じで集中してやっているだけで。こうやって自分の能力を活かして仕事ができればそれだけでまあ幸せですね。

 

 

枠組みの中で

(今日のムフフ)

Mステの視聴者リクエスト第1位はダントツであの曲。私もそれに投票したもんね。

ああ、「恋は魔術」。もうすぐ会えるのが信じられない!自担カラーの服にするか、モノトーンで気配を消すか、悩むところ。2パターン、持っていっておくか。座席が当日しかわからないので、ドキドキです。

 

 

 

昨日は母に誘われて、佐川美術館で開催中のミュシャ展を観に行きました。

 

 

ポスターや装飾パネル、挿絵から有価証券のデザインまで幅広く活躍したデザイナーとして有名なミュシャは、本当は画家として仕事をしていたかったようです。その想いが晩年の「スラブ叙事詩」に結実しているのでしょう。

デザイナーとしての仕事は単に「糊口をしのぐ」ためだけにやっていたとのことですが、それらの作品を観ていると、この人はそんなことを言いながらもこうやって「描く」ということが単に大好きだったのではないか、と思われてならなかったのです。依頼されて描くだけ、といってもその作業そのものが大好きだったのではないか、この緻密な線の1本1本を描くことそのものにもう喜びを感じていたのではないか、と思われてなりませんでした。

 

こういう風に思ってしまったのは、やはり自分が仕事に対して同じように感じているから。その仕事の最終的な目的がどうであれ、訳出作業そのものが好きだなと感じることが多く、それだけで満足しているところがあるのです。実は先日ある案件で訳した内容があまりにもおもしろく、ああ、将来はこういうものをどんどん訳していきたい。そして、いろんな人にその内容を伝えたいと、新たな夢が生まれ、それはそれで自分の中でふくらませていきたいなと思っているのですが、その一方で、現在やっている仕事の作業そのものも嫌いではなく、ミュシャのように、そういう中でもできれば自分なりの美学を貫きたいな、と思っているのです。職人と芸術家の違いと言ったらいいのかな。芸術家と違って、依頼がなかったら職人の仕事はないけど、その依頼の枠組みの中で自分を発揮することは可能です。むしろ枠組みがあるからこそたくさんの作業をすることができる、とも考えられます。枠組みは決して不自由さだけを意味しているのではない。ミュシャの数々の作品を観ながら、そんなことを考えました。

 

鑑賞後は館内にてランチ。その後実家にも寄って、両親ともゆっくり話ができてよかったです。

 

 

今日は次女のオープンキャンパス訪問に付き合うはずでしたが、長女が行ってくれることになったので、私はその分仕事します。

ああ、本当に頼りになるわ〜。しかし、次女の高校合格発表のときといい、今回のオープンキャンパスといい、自分がいろいろと悔しい思いをしているにもかかわらず、妹に付き合える精神力は、もう私の理解を超えています。自分のお腹から出てきたとは思えない。この縁に感謝し、大切にしていきたいなと思います。

 

 

よ〜し、あと1週間、ガッツリ仕事するぞ〜!

 

 

パラダイスはここにある

緑の中を散歩するのって、脳にとってすごくいいことだそうです。

緑といっても近くにはないよ〜、なんて思っていましたが、意外とあるものです。

 

例えば天井川沿いとか。

 

神社とか。

 

外に出るときは「緑探し」をすると、案外「木」がたくさんあることに気づきます。

 

 

昨日は家族それぞれ忙しく、私1人の夕食。

次女の皮膚科のお薬をもらいに行きがてらのウォーキング中に、「さて、今日の1人の夕飯は何にしようか?」と考えました。

お弁当などを買って済ます?外食する?レトルトを買って帰る?家にあるもので済ます?

いろいろと考えましたが、結局1人だからといっておいしくないものは食べたくないのです。

 

だから、簡単なものだけど作って食べました。和食にしようか悩みましたが、和食は普段の夕食で作ることが多いので、イタリアンに決定。

明太子スパには紫蘇、海苔、ごまをたっぷりとトッピング。

酸っぱいものが大好きだから、マグロとプチトマトのカルパッチョにセロリとキュウリのグリーンピクルス。

チキンのパン粉焼きにレタスとトマトを添えて。

 

お風呂がわくまでの時間にすべて下ごしらえし、お風呂から上がったらパスタを茹でて、チキンを焼くだけ。

 

ワインセラーに白ワインを発見したので、それも開けました。

 

そして、テレビの前の特等席で発売されたばかりのDVDを観るのです。

もう最高!

 

ああ、これはパラダイスだわ!

パラダイスは何も外に出ていかなくても自分で作れる。

大満足の夜でした。

 

 

それにしても、自分が食べて満足できるくらいは料理ができるようになっていることの素晴らしさを改めて感じました。

人生のほぼ半分は家族のために料理してきたけど、その腕が自分自身にも活かせるのですね。

正直、外食で本当においしいなと思えるのは、最低限お腹をふくらませるだけの食事に払う値段とは、1桁か2桁違う金額を払ったときだけ。

そういう味にはかなわないと思うけど、他のたいていのものは自分で作った方が満足。

この日の料理も自分で言うのもなんですがおいしかったですよ〜!

こういう技を身につけられたのは、ある意味家族のおかげですね。

そう、家事能力はこれからは自分自身の快適さのためにどんどん使っていけばいいのです。

 

パラダイスはここにある。

実感した夜でした。

 

 

 

 

祭りの始まり

(今日のムフフ)

なになに?Jrに聞いた憧れる先輩の第1位がR様って?そりゃそうでしょ。男でも惚れるわ。

昨日入手したベスト盤のミュージッククリップがヤバイ。

長女が言っていたのだけど、「10秒見つめられる相手じゃないと結婚できない」らしい。

両方の意味があると思うのだけど、そうね、とてもとても10秒なんて見つめていられない。

昨日観たDVDも、最初の1時間は凝視できたけど、1時間過ぎた頃から眩しすぎてもう見つめていられない。

DVDでこれなんだから、リアルなら1秒も無理かもね。

 

今度のMステ。『Your Seed』が楽しみすぎる!

来月のライブに向けて、お祭りの始まりです!

 

やっぱ好きやねん

『エッセンシャル思考』を読んで(聴いて)(→)、仕事を安易に引き受けないようにしようと再度心に誓った私。

それなのに、昨日の夕方打診された案件を引き受けたのはなぜ?

断れる状況にあったし、何よりもう1ヶ月先まで仕事のスケジュールは埋まっているのだから、これ以上入れる必要がないといえばない。

「夏は休む」なんて言っていた舌の根も乾かぬうちにこれですよ。

なぜなんだろう、と考えました。もちろん『エッセンシャル思考』から学んだことを思い出しながらですよ。

少しでも稼ぎたいという貧乏性か?何か他のことから逃げるために自分を忙しくしようとしているのか?ありとあらゆることを考えました。ほら、『エッセンシャル思考』で言っていたじゃない、何かを入れればその分何かが入らなくなるんだよ。貴重な時間がそれに取られるんだよ?他のことができなくなるんだよ?と自分に言い聞かせました。

そして、出てきた結論は、

結局、仕事こそがしたいことなんだ

ということ。

 

わお、またそれ?

今までも何度もそれは自覚していたけど、今までとはまた意味合いが違うような。

駆け出し時代はキャリアを積むためにとにかくたくさん仕事したかった。仕事していること自体が新鮮で、やりたくてたまらなかった。もちろんお金も欲しかった。

でもね、今はちょっとそれとは違う。

やっぱりこの仕事そのものが好きなんだ。ただそれだけ。

打診された案件ファイルに目を通したとき、「ああ、訳したいな」と思ってしまった。

内容や形式によってはやりたくないものもあるけど、そういうときはバンバン断っています。今回は「おお、やろうかな」と思えた。

まるで、新しいパズルを渡されたみたいに。

楽しみ半分、いやほぼ楽しみ。

ちょっと理解できないかもしれないけど。

 

人生で一番勉強したのは中学校のときでした。部活もやっていたのだけど、合宿中に後輩がちょっとした悪さ(といっても持ってきた飴を食べただけなんだけど)をして顧問の先生から部長としての責任を問われ、結局その部をやめたのです。2年の秋だったなあ。まあそれまでは部活をやっていたからそれほど勉強していなかったのだけど、することがなくなって勉強し始めた。そしたらハマってしまって止まらなくなりました。なんせ負けず嫌いな性格。部活の方は市の大会で優勝するくらいは行っていたけど、どうもそれ以上は行けなさそうな感じでしたが、勉強(テストの順位)ならどんどん上を目指せそうでした。好きと得意が一致したのですね。そういうときは結果(例えばテストの順位)よりも過程そのものが楽しくてたまらなくなって、結果は後からついてくることが多いです。そういう自分の得意分野(まあたいしたことはありませんが)の作業(つまり机でやる勉強)は、もうそれ自体が楽しい。当時からそういう感覚を持っていました。

あるとき、同級生から「なんでそんなに勉強するの?」と尋ねられました。そのとき「う〜ん、好きだから」と言ったら案の定、「人間ではないわ、この人は」みたいな目で見られました。ほんと、私にしたらゲームにはまったりしていることと変わらないんだけどね。まあ、なかなか理解されませんよね。

 

今、またそんな感じなんです。仕事がおもしろい。もうそれ以上でもそれ以下でもないのです。なんの言い訳もしません。単に好きだからやってます。これが私にとっては、大好きな時間の使い方なんです。

はっきり言って、それ以外は何もなくてもほぼOK。他の用事はできれば全部やりたくない。そしてこれ以外の楽しみもこれを超えるものはほとんどない。なんだか悲しい生き方と思われるかもしれないけど。自分自身も、ワークライフバランスはどうなっているの?とかいろいろ考えるけど。もう好きなんだからしょうがないよ。認めちゃいましょう。その上で、他のことも考えていきましょう。

 

 

今日は夫もまだ出張から帰ってこないし(学会シーズンは出張が特に多いですね)、子どもたちも忙しいから思う存分仕事できるわ〜!でも、土日はちょっと気分が緩むので、こうやって朝からブログを書いたりもできます。BGMはこれ(→)。

師匠に「PCでもBluetoothを使いたい」と相談したら「できるはず」と教えてもらって、今はこれ(→)を使っています。

これで、PCからBOSEに飛ばすことができるようになりました。超快適です。テープ起こし案件のときにも役立つしね。

 

音楽でリラックスした後は、頭の体操(仕事のこと)といきますか。今日もクリアな頭でいい訳を作れますように。

 

 

 

上質思考

毎年夏は、自分を緩めることにしています。

できるだけ、仕事のスケジュールに余裕をもたせ、根を詰めて作業せず、休憩をたっぷりとり、難しいことは考えすぎないようにするのです。

 

夏は休むもんです!

でもまあ仕事しているだけエライよ、と自分を褒め、「ゆるだる」な感じを許すのです。

結局成果は他の季節と変わらなかったりもするので、普段からこれくらいリラックスして仕事してもいいのかな、とも思います。

 

お盆をはさんだ案件に着手する前にすこし一息。ブログ書きで休憩です。

 

 

先日、オーディオブックというものを試してみました。

「同業者あるある」なのですが、もともと本好きが高じて翻訳を仕事にしているのにもかかわらず、仕事のしすぎでアフターファイブ(死語?)にこれ以上活字を読むのがつらくなる。無理して読むと、つい熱中し、眼が疲れるのですよね。

でも、本は読みたい!もうこうなったら聴いてやろう、という発想です。

 

キンドル本は設定すれば音読してくれますが、自動的な音声ですので、一度きちんと音読されたオーディオブックを試してみようと、ベストセラーのこの本のオーディオブックを買いました。

 

エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする 単行本(ソフトカバー) – 2014/11/19

 

まず、オーディオブックの感想ですが、読む(聴く)のに時間がかかります。この本だと6時間はかかります。読んだら1時間(もっと短いかな?)くらいで終わるのにね。

また、本のなかの図などは聴けません(当たり前?)。図は別途ダウンロードする必要があります。この著作の場合それほど図は多くないし、電子本の立ち読み範囲で見ていたので「ああ、あの図か」とすぐにわかったからよかったのですが。

聴いていると、なぜか「非常に眠くなります」。まあ、この感想は私だけかもしれませんが。人の声が心地よすぎてリラックスしてしまうのですよね。決して内容が眠くなるようなものだということではないです。

巻き戻しや早送り、途中停止や別の章を聴くことなんかはできるにはできるのですが、本(オーディオブックではない本)のページをめくるよりは面倒ですね。本だとある箇所で止まってじっくり考えたり、逆に読み飛ばせるところはどんどん進んでいくことができますが、そういうことは難しい。

このようなオーディオブックの欠点(個人的にですが)は、裏を返せば長所にもなります。本の場合、情報だけ取ろうとしてついいつもの癖で速読してしまうと、本の内容にじっくり触れることができなかったりします。眼も疲れるし、たぶん脳も疲れます。オーディオブックを聴くと仕事とは違う部分を使っている感じがして、いろんなところが休まります。また、音読を聴くということは翻訳にとっても非常によいトレーニングになります。句点の打ち方、節のまとめ方など、要はリズム感が身につくのですね。良書に触れると自分の文章力が向上するような気がします。もちろん翻訳本の場合は訳者の技量が物を言うので、すべてがお手本になるわけではないかもしれませんが。

 

さて、オーディオブックとしての感想はこれくらいにして、本の内容についての感想です。

ベストセラーだけあって、非常に示唆に富む内容ですね。

まあ一言で言えば

「より少なく、しかしより良く」

を目指すということですね。

このような考え方は断捨離でも馴染みがありますが、また別の切り口で語ってもらうと自分の中に染み込んでいく感じがしました。

 

しかし、betterはbestではない、bestだけを追求すべき(確かこんなことを言っていたような)、という考え方にはハッとさせられましたね。90点以下は採用しないって?ふむふむ。そうか、90点以下を採用していると、その分、次に90点以上を採用する余地がなくなるのね。クローゼットの例え話が出てくるのですが、大好きではない服でクローゼットが埋まっていると、大好きな服が入るスペースがなくなるのですね。それは時間に置き換えても同じで、「まあいいか」とどうでもいいことをしてしまうと、その分本当に大切なこと、好きなことをする時間がなくなるのですね。

つまりすべては有限だということ。有限のなかに何かを入れてしまえばその分余地がなくなるということは自明の理。でも、私たちはついついすべては無限だと思ってどうでもいいものやどうでもいいことを入れてしまうのですよね。

自分の時間を本当に大切にしたいと思わせてくれました。

どうでもいい仕事を「しないよりはましだろう」と引き受けてしまうと、その分本当にしたい仕事ができなくなるということ。

どうでもいい物事や人に「深く考えずに」関わってしまうと、その分、自分の好きなことをする時間がなくなってしまうということ。

もったいないから詰め込んでおこう、という考え方が実は一番もったいなかったのですね。

 

「上質思考」とでも呼べるかもしれないこの考え方は、とりあえず平均的なものはなんでも手に入る現代人が今一度取り入れるべきものなのかもしれませんね。なんでもいいのなら、もうあるのです。少なくともこの日本にいるかぎりは。「より多くより良く」は実は無理なこと。時間もスペースも有限なのですから。削っていくこと、削ぎ落としていくことはある意味人間の本能に逆らうことだから、放っておけば私たちはすぐに取り込もうとしますが、それを取り込むことによる「害」についてもっと考えていきたいですね。

 

「上質思考」、取り入れていきたいです。

 

 

オーディオブックで聴きたい方は、下記リンクからどうぞ。

 

エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする

 

 

眠れない夜にもおすすめです(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の楽しみまで

(今日のムフフ)

 

カフェではロイヤルミルクティーを頼むというR様のマネをして、最近はロイヤルミルクティーを飲んでいるのです。

これは、昨日長女と行った観月ありささんのコンサート(なぜかファンの長女に付き合った形)前にドトールで飲んだロイヤルミルクティー。

 

 

家でも作りましょ。

 

観月ありささん、素敵でしたよ。膝上15センチのミニ・スカートなんて、40歳になってはける人、そうそういませんから。

最後は短パン姿で登場。長女が「私、まだ20歳にもなっていないのに、もう短パン無理、と思っていたのに…」と後でつぶやいていました(笑)

スタイルだけでなく、歌もお芝居もよかったです!

 

コンサートの後は、会場があったブリーゼタワーのかもめキッチンで食事。

大人のファミレス、ということで、長女との食事にちょうどよかったかな。

 

 

金曜日からいろいろ遊んで、休息もしっかりとって、充電できた週末でした。

土曜日は夫と長女が甲子園に野球を観に行っていたので、次女と家で2人で夕食。

2人でもガッツリステーキ焼いて、次女の好きな枝豆やトウモロコシを茹で、サツマイモのソテーにサラダを添えて、しっかりと夕ご飯。ワインを飲みながら、2人で「Ride With Me」のダンスを練習していました(難しすぎ)。

 

次の楽しみまであと1ヵ月。あ〜、待ちきれないなあ。

夢は叶えるために

(今日のムフフ)

金目鯛の煮付けなんて無理〜と思っていたけど、スーパーで切り身を見つけ、これならやれるかも、と挑戦。

 

 

ナスと一緒に炊いてみました(鍋の中の写真が暗くてごめんなさい)。

 

 

煮汁のレシピはこちら(クックパッドで検索したもの)

 

  • 生姜  1かけ
  • 酒   大さじ3
  • みりん 大さじ3
  • 醤油  大さじ3
  • 水   大さじ9
  • 砂糖  大さじ1

 

これにR様がいつも加えるというハチミツを砂糖代わりに少し入れてみました。

 

意外と簡単でおいしかったです!

 

すぐに調子に乗る私は、別の日に同じレシピで鯛も炊いてみました。

父が「氷室(日本酒)のいいやつを送ってもらったから一緒に飲もう」とうちに来たときに、鯛好きの父に食べさせたかったのです。この日は母がナスを炊いて持ってきたので、付け合せは小松菜にしました。

 

うまくいきました。母からは、魚を皿に移してから、少し煮汁を煮詰めてかけるといいよ、とアドバイスをもらいました。

 

R様、ありがとう、おかげで1つ得意(?)料理が増えました。

次はR様の好物、エビチリに挑戦したいです。

 

 

 

昨日は辻井伸行さんのピアノリサイタルに行ってきました。

 

 

会場は大阪城公園駅からほど近い「いずみホール」。クラシック専用のこじんまりしたホールです。

 

 

プログラムはこちら

 

ベートーヴェン

 ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調 作品13<悲愴>

 

 ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 作品109

 

ドビュッシー

 映像 第1集

  水に映る影

  ラモーをたたえて

  動き

 

 喜びの島

 

リスト

 超絶技巧練習曲より

  第5曲 鬼火

  第11曲 夕べの調べ

  第4曲 マゼッパ

 

 

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ<悲愴>は、下の子が2歳になった頃、趣味としてのピアノを再開して、最初に習った曲。ずっとこの曲(第1楽章)に憧れていて、先生に「この曲が弾きたいんですけど」と言ったらあっさりOKをもらえて。

当時の私にとっては超絶難しかったけど、辻井さんにしたらこの曲のテクニックレベルは準備運動程度。さらりと弾きこなしていました。ビリー・ジョエルの「This Night」の原曲である第2楽章はしっとりと。第3楽章は激しさと切なさを感じさせる演奏で。

 

続く第30番は、辻井さんにとっての挑戦だったそうです。晩年のベートーヴェンが到達した音楽の奥深さが凝縮されている曲、とのことでしたが、まさにその魅力を余すところなく伝える演奏。圧巻でした。

 

ドビュッシーは、辻井さんと相性がいいんじゃないかなあと勝手に思っています。まあ素敵な演奏でした。

音楽の奥に、景色が見えてくるのです。幻想的な世界に入り込んでしまう。ずっとその中にいたくなる。心地よい音のシャワーを浴びているようでした。

 

最後のリストは、これまた辻井さんの挑戦だったようですが、リストとの戦い(?)には間違いなく勝ちましたね。

リストは一説によると、難しくてみんなが弾けないような曲をわざと作っていたらしいですが、辻井さんはものともせず。

鳥肌がたちました。精巧なテクニックに裏付けられた力強い演奏。プロのピアニストでもここまで弾ける人は少ないです。難しいところをごまかして弾くことはできるかもしれないけど。それではリストに負けていますよね。

もう、この演奏をリストに聴かせたかった(笑)

 

鳴り止まぬ拍手の後に弾いてくれたアンコール曲はこちら。

 

 

得意中の得意な曲だと思うので、安心して(どれも安心しているのですが)聴いていました。まさにうっとりさせられる演奏。辻井さんは「お客さんをうっとりさせる演奏がしたいだけ」といつも言っているのですが、本当にうっとりさせてもらいました。

 

席が1階Q列13番というこれまでにない好位置で、真ん中の左寄り。手元もバッチリと見えました。通(つう)は右後ろに座ると言いますが、私はやっぱり手元を見たかったので。

 

辻井さんの演奏を生で聴くのはこれで3回目。1回目と2回目はオーケストラとの共演だったので、ピアノ好きとしてはやはりピアノリサイタルをいつかは聴いてみたかった。

夢が叶いました。本当に素敵な時間でした。

 

私がボランティアやアマチュア、低価格のサービスがあまり好きではないのは、そこに甘えがあるから。

ただで(安く)やっているんだしこんなもんで、という感じが好きではないのです。

実際自分も子ども関係の役員をやっているときに「まあ、これはボランティアなんだから」という言葉を何度も聞いたし、自分も人に言っていました。だからそこまで真剣にやらなくていい、やれるだけ、無理せずやったらいい、と。

なんでもかんでも全力がいい、と思っているわけではないのですが、なんでもかんでも力をかけずに、というのは自分の性には合わないですね。

例えば、ピアノなら、素人のコンサート、ボランティアのコンサート、タダで聴ける演奏を何百回聴いたって、今回のチケット代1万円の辻井さんの演奏にはかなわない。かなわない、というのは自分の中の満足感という意味ですが。

 

プロというのはそこをわかっていて、「お金をだしてもらう自分」であることを自覚しています。そこに甘えは許されない。その真摯な姿が好きなんです。

だから、これからもプロの気持ちに触れられるような体験をしていきたい。そしてもちろん、自分もプロとして対価をもらえる人間になりたい。

 

 

ずっと憧れていた辻井さんのピアノリサイタルに来ることができて、夢は叶う、と実感しました。

夢は叶えるためにあるもの、欲しいものは手に入れるためにあるもの。

さあ、言い訳せずに、素直に求めてみましょう。この素晴らしい世界で。

そんなことが再確認できた夜でした。

 

 

 

この日は夕方から大阪に出かけ、リサイタルの前に軽く食事を。

グラフロの「大人のフードコート」で軽く1杯。

 

 

 

iPhoneImage.png

 

お友だちとの会話が弾みすぎて会場に着くのがギリギリでした^^;

 

ああ、楽しかったなあ。子どもたちが大きくなって、やっとこういうこともできるようになりました。

無理無理、でずっと自分の欲望を押さえてきたけど、実はやれることはもう結構ある?

つらいから見ないようにしていた素晴らしいもの、もう1回ちゃんと追いかけましょう。

 

小さく小さく

6月ももうすぐ終わり。つまり1年の半分がもう終わります。

子どもがいると、どうしても学年の始まり(つまり4月)を1年の始まりとして見てしまうところはありますが、仕事の収入は1月から12月までを1年として管理しています。

 

半年で区切って、仕事の収入面を振り返ってみると、今年の目標の半分までは達成できているので、今のところいい感じですね。

労働時間は1ヵ月に20日働くとして1日5時間弱。まあ、こんなもんでしょう。

年収は仕事再開後の数年間は100万円単位で毎年上げていったけど、さすがに頭打ちで最近では50万円単位でのアップを目指しています。今年は目標が達成できそうな感じです。

 

理想は高く持ち、目標は低く設定することが大事だと聞きました。夢ばかり膨らんでいると、結局「地道な第一歩を踏み出す」という努力を怠るのですね。例えば、部屋をキレイにしたいと思っているけど、理想と現実との間にあまりに差がある場合、目の前にあるゴミさえ拾う気力がないとか。運動するぞと意気込んで、毎日走ろう、なんて思っていても三日坊主で終わってしまったり。オール・オア・ナッシング思考だと、結局何も変わらない。単に努力しない自分への言い訳が増えるだけなのです。

言い訳って実は言い訳じゃないことがよくあります。

例えば、○○だから△△できない、という言い訳。では、○○でなかったら△△できるのか?自問すると恐ろしい答えが待っています。実は○○でなかっても△△できない自分がいたりするのです。

「忙しいからあれができない」→じゃあ、忙しくなかったら(忙しくない時間があれば)できるの?

「子ども(その他誰でも)がいるから今は無理」→じゃあ、その人がいなくなったら本当にやるの?

「お金がないからできない」→お金さえあれば本当にやる?

 

恐ろしいです。すべてが「どっちにしてもやりたくない」という自分への言い訳にしかなっていないことがあるのです。

だから変えてみましょう。

「○○だけど、□□くらいはやってみよう」に。

そのうち□□が△△まで行く可能性だってありますよ。

でも今は△△を見ないで□□をできるだけ低いレベルに設定するのがコツ。

先ほどの年収の例では、100万円単位で上げていくのは難しそう、では50万円アップを目標に置いてみよう。1年でなく、ここ数年くらいで達成できればOK。みたいな感じで。

 

小さいことを目標に設定して、とにかくやってみるのが大切。

例えば年収アップなら、コツコツと取引先を新規開拓したり、仕事のやり方を変えてみたり、道具を揃えてみたり、と改良を加えていくのです。一気に変わらなくても、そういう地道な努力が変化につながるのですね。

部屋の片付けなら、「ここだけはやってみよう」という感じで、キレイにする。決して大きいところは見ない。それがコツ。

 

一番大切なのは「本当に本当にできないの?」と自分に問いかけてみることですね。