「右クリックで○○」の代わりに

  • 2017.02.23 Thursday
  • 10:44

確定申告の季節ですね。青色申告を始めてからはなんせ時間がかかって、提出期限前の週末が2〜3回はつぶれるという目に何度かあってから、さすがに学習して、今年は仕事のスケジュールに余裕を持たせて平日に少しずつ取り組んでいます。

 

好きではない作業だからイヤイヤもいいところ。実際にやりだしたらスイスイ進んでいくのですが、それでもできればやりたくない。なので、音楽をかけたりしてモチベーションを高め、なんとかコツコツ作業を進めています。こうやってブログ書きに逃げたりしながらね。

 

しかし、こうやって対比させると、いかに翻訳の仕事が自分に合っているかがわかりますね。会計の作業に比べたら楽しくて仕方がない。すぐに机に向かってすぐに作業に取りかかりたいし、実際いつもそうしています。ず〜っとこれだけやっていたいなあ、なんて思うことも多いし。ああ幸せだなあ。好きなことを仕事にできて。改めてそう思います。

 

 

さて、その翻訳の仕事で毎日かかさずお世話になっているのがTrados。いわゆるTrados案件はほとんどないのですが、私はすべての訳出作業をTrados上で行っています。先日Studio 2017にアップグレードしてからさらに使いやすくなりました。

 

先月、「Trados Studio 2017」年間人気アプリトップ10が発表されました。私がいいなあと思ったのは第2位の「Web Lookup!」。原文や訳文中の語句をブラウザを開くことなく検索することができるそうなのです。これは便利そう。実は、「右クリックで○○」という超有名で便利なマクロを私も取り入れているのですが、いかんせんWord上でしか動きません。Tradosで作業していると、いちいちブラウザの検索窓に入れなければならないのですよねえ。以前からそこが改善されればいいなあと思っていたのです。

 

いつもながらに重い腰を上げ、先日やっとそのアプリをダウンロードし、Trados上にブラウザのウインドウが入りました(ウインドウは好きな場所に動かせます)。検索したい語を選択し、「メニューバーからWeb Lookupを選択」/「ショートカットキーを使用」/「右クリックメニューから選択」の中の好きなやり方で検索すると、ブラウザウインドウの検索窓に「” ”」マーク付きで自動で入力され、そのまま検索結果が表示されます。

う〜ん、これは便利ですね。ブラウザウインドウはそのまま普通にブラウザとして使うことができるので、自分で検索窓に別の語を打ち込むこともできます。好きなウェブサイトを登録することもできます。

 

 

Tradosで作業していると、できるだけその画面から動かずにすべての作業をしたくなるのですよねえ。だからブラウザ画面が入っているというのはとっても便利です。検索したいときにいちいちコピペ入力しなくてもよい、というのも便利です。エンターキーを押す必要もありませんし。

 

まだ使い始めたばかりですが、ウインドウのレイアウトを変えるなどしてさらに使いやすくして、ガンガン使っていこうと思います。

 

さてさて、確定申告に戻りますかぁ。

 

 

冬の終りに

  • 2017.02.21 Tuesday
  • 10:06

お友だちと光の穂でランチ。

 

 

 

 

 

前回来店したのは夏で、お庭が花や緑であふれていました。

今回のお庭には冬ならではの趣向が凝らされていて、枯れ枝に刺したみかんを鳥がつつきに来ていました。

写真の一番上のみかんから、鳥が上手に一房ついばんでいきました。

 

 

お店は冬でも心地よく過ごすための工夫がいっぱいで、足元もヒーターで暖かかったです。お料理もハーブティーもおいしかった!季節ごとに訪れたいお店ですね。

 

 

バレンタインデーもいつの間にか過ぎていました。

次女が作った友チョコ。最近のJKは大変ですね〜。

 

 

夫の東京みやげ。Topsの常温保存可のチョコレートケーキ。東京駅限定だそう。東京は多いときには週に2回行ってるから、おみやげがないこともありますが、今回は買ってきてくれました。さすがTops。濃厚なチョコレートがたまらなくおいしかったです。

 

今朝も雪がちらついていましたが、春は確実にもうそこまできていると感じます。長かった冬ももう終わるかな。思考回路も生活パターンも、リハビリをしないと戻れないくらい、この1年は普段とは違う過ごし方をしていました。長女の受験が終わっても次は次女が迫っていますが、しばらくは何も考えずに過ごしたいですね。

子どもの使い

  • 2017.02.13 Monday
  • 09:55

昨日は治験翻訳講座・和訳実践演習の最終回でした。

基礎講座と実践講座を合わせて1年にわたっての受講でした。

当初の目的であった「あとひとつ自分の訳文の品質を上げる」ことに関して、努力すべき方向性が見えてきました。

具体的には、「原文(単語)にとらわれず、著者が言いたい事実(考え)をわかりやすく伝える」ことに留意しなければならないことに改めて気づかされました。

 

深いです。原文にとらわれないようにしながらも、原文に忠実になることが必要で、著者をリスペクトすべきなのか、内容をもっとわかりやすく読者に伝えるために「自分ならこう言う」を押し通すべきなのか。絶妙のバランス感覚が必要とされます。

 

今までの私はどちらかと言えば「原文リスペクト型」の翻訳をしていました。書かれている単語はほぼもらさず訳す、表記はそのまま移す。私の言い訳は「だって、原文にそう書いてあるじゃない」でした。わかりづらい文章、言い回し、同じことなのにわざわざ別の表現を使うという英語特有の粋(いき)(?)をそのまま移したような訳文を作っていたのです。でも講座を受けて目からうろこが落ちました。読者にフレンドリーな訳文とはどういうものなのか、という視点が大切なのですね。このことは、別の機会にクライアントさんのご意見を伺ったときにもハッキリとわかりました。「だって、原文にそう書いてあるじゃない」的な仕事のやり方は、「子どもの使い」でしかない。「子どもの使い」以上の仕事をするという自覚があるのなら、それでは通らない。

 

今後は「子どもの使い」を超える仕事をしていく、と決意を固めました。「子どもの使い」レベルでもトライアルには受かるし、仕事もあります。でも、それ以上を目指すとしたら、お客様が何を求めているのかを常に念頭に置くことが大切なのかなと思います。この作業は実際にはとても楽しいものです。一度自分の頭を通ってから訳す、という感覚でしょうか。最初は時間がかかるような気もしますが、遠回りなようで実は近道ではないかとも思うのです。最近の私は目の前の仕事、まさに今訳すこの1文に必死すぎて、全体像を考える余裕を失っていたのかもしれません。出来上がった訳文はもしかしたら機械翻訳レベルだったのかもしれません。

 

治験翻訳講座では頭を殴られるような体験ばかりで、自分の訳文のダメさを反省するひとり反省会がいつまでも終わらない感じでした。でも、目指すところがわかったので、少しずつでもそれに近づいていきたいと思います。

 

 

 

受講後の皆さんとのランチも最後かな?行きつけのイタリアンレストランが改装中なので、カフェにてエビとアボカドのグラタンをいただきました。勉強熱心で前向きな皆さんと過ごした時間は非常に刺激的だったし、いろんなことを考えさせられ、自分を客観的に見る機会にもなりました。皆さんとの出会いに感謝です。

 

 

 

「運動」と「瞑想」を行うには?

  • 2017.01.26 Thursday
  • 10:00

仕事至上主義からの脱却を本気で考え始めた今日このごろ。

矛盾するかもしれないけど、逆に仕事は長く続けることになりそうだなあとも思っていて。というのは、この高齢化社会でいわゆる楽隠居は私たちの年代の老後(この言葉も死語になりそうですが)では望めないと思われるし、仮に楽隠居できるとしても、そのときの生きがいって一体何なんだろう?なんて考えるから。寿命がいつ尽きるのかはわからないけど、人生は思った以上に長い(特に後半戦は)のではないかと、周りの人の様子を見たり、本を読んだりして思うようになったのです。

 

というわけで、仕事を長く続けていくという前提でこれから戦略を立てていきたいなと思っています。そこで大切になるのがサステナビリティ。短距離走の考え方では続かない。長くやっていくにはどうしたらよいか。

 

たくさん本を読んで考察して、今、自分が大切にすべきことはとにかく、「健康」であると結論づけました。(心身の)健康が損なわれていると、全てに悪影響が及びます。仕事も快適に長く続けることができなくなります。身体はボロボロだけど脳だけは正確に動く、ということはないのですよね。脳をしっかりと働かせて仕事するためにも、「健康」は大切。

 

では「健康」になるにはどうしたらよいか。例えば、iPhoneのヘルスケアアプリでは

  • アクティビティ(運動)
  • マインドフルネス(瞑想)
  • 栄養
  • 睡眠

が挙げられています。これらの項目が疎かにならないよう、日々過ごすことが健康につながる、ということですね。

私の中では「栄養」と「睡眠」はわりとこれまでも心がけてきて、これからも精進(?)したいなと思っているのですが、「運動」と「瞑想」の時間を取ることは、わかっていてもなかなかできないことでした。

 

そこで見直したのが「家事」。実は家事は結構な運動になるのです。例えば掃除機をかける、洗濯物を干す、といった作業でも腕を伸ばしたり、かがんだり立ち上がったりします。料理にしても座ってやることは少ないので、おのずとその間は立っていることになります。私は大体夕食準備に1時間ほどかけるのですが、その間は立っていると思えば、(座って仕事をしていることに比べると)結構な運動です。

そして、海外のある料理研究家の方が言われていたのですが、料理は「瞑想」にもなるのです。「瞑想」って、海外ではもてはやされていて、一流のビジネスパーソンはわざわざ瞑想の時間を取ろうとやっきになっていたりします。でも、あぐらを組んで目を閉じて、なんてことをわざわざやらなくても、ある動作を無心でやっていたら瞑想状態になるのですよね。そういう意味で料理を始めとする家事はうってつけなんです。

 

少し前まで私は、家事は時間泥棒であると思いこんでいて、どうやったらそれから逃れられるか、どうやって効率化すべきか、とばかり考えていました。でも、「運動」と「瞑想」の時間なのだと思えば、やっていること自体に意義があると思えます。そして、わざわざ効率化しない。効率化を図ろうと頭で考えすぎると、それは「瞑想の時間」にはならないのです。「仕事」と同じ感覚になってしまうのです。もちろんなんでもかんでも手をかけて、と思っているわけではありませんが、ある程度単純作業でも、それはそれで意味がある、と納得しています。

 

そんなわけで最近は、家事は自分にとって仕事を続けるために必要なことなのだ、とさえ思い始めました。仮に家事から解放されていたら「運動」と「瞑想」の時間をわざわざ取る必要があるのでしょう。もちろん運動強度としては家事は軽度なので、いわゆる「少し激しい有酸素運動」などもやるに越したことはないないのでしょうが、とりあえず手近なところで家事や用事をおっくうがらずにやる、と心がけるだけでも、ヘルシーな生活に近づくことになるのではないかと思っています。

 

先輩の皆さんがいつまでもいきいきと仕事をされている姿に本当に励まされます。私もそういう風にずっと仕事をしていきたい。そのために今どうすればよいか。それを考えていきたいと思います。

 

 

 

治験翻訳の母

  • 2017.01.23 Monday
  • 10:50

ここのところ長女の受験で忙しく、なかなかブログを更新できませんでした。

進学先によっては家を離れることもあるので、それを思うとやはり寂しく、ああ、親になるってことはこんなにつらい思いをすることなのかとも思ったくらいです。そのことを母に話すともちろん母はその気持を理解し、自分もつらかったことを改めて語りました。「子を持って知る親の恩」とは本当によく言ったもので、自分が同じ立場になってより理解できることはあるものですね。欠点に見えていた母の言動はもしかしたら愛情の裏返し、寂しさが反映されたものだったのかもしれないなと思い至ることができました。そういう意味でも子育てを通じて学ぶことは本当に多いですね。

 

さて、そんな思いを抱えながらの日常の仕事、これには救われました。なんせ、仕事中は他のことは考えられませんから。今までも何度も救われたけど、本当に今回も救われています。仕事があってよかったと心から思いました。

仕事がらみでの人との交わり、これにも本当に救われました。

先週は翻訳会社さん主催のセミナーと治験翻訳講座に出席したのですが、そこでの自分は「受験生の母」という仮面から「翻訳者」の仮面へと付け替えたかのごとく振る舞えました。少なくともその場での一番の関心事が「翻訳」であるという空間の雰囲気にどれだけ救われたことか。リスク回避という点で、マルチタスクは不可欠だなあと改めて思いました。仮に自分が「母」であるということにしか重きを置いていない人生だと、かなりつらいときもあるわけです。「母」というところに「仕事人」を当てはめても同じですね。何か1つというのは避けたほうがよさそうですね。

 

翻訳会社さんのセミナーでは、社内の方々とお話する機会もありました。自分よりも若い人が大半で、そう、もう娘との年の差の方が少ないような方々ばかりです。キラキラした目で熱心に話される様子を見ているとああ、こんな風に娘もいつかしっかりと自分の道を歩んでいくに違いないとも思えたし、自分自身はたとえ娘が巣立っても若い方々と例えば仕事を通じて触れ合う機会は持てるのだなあとも思いました。

 

別の日に治験翻訳講座を受講した後の恒例のランチ会でも、いろんな年代の様々な状況の方々とお話することができて、それが何よりも自分の気分転換になりました。そのときに「○○さんって、治験翻訳の母みたいですよね」と同じ教室のメンバーから言われたのです。その教室での母親的役割、という意味だったようですが、なんだか私はその言葉に衝撃を受けました。

娘の件で寂しかったのは、娘が巣立ったらもう母として直接何かしてやれることは少なくなくなる、ということもあるのですね。それは本当に仕方がないことだし、巣立ちは喜ばしいことだから阻止するなんてありえない。娘2人はいずれ巣立っていき、自分は母としての役割を終えることになるのだなあと思っていたところに「治験翻訳の」という言葉。そのときに「ああ、私は生物学的に2人の娘の母でしかなく、その2人を助けてやることも少なくなっていく、やがてなくなっていくことは自明の理で、仕方がないけど、なにも生物学的な母でなくてもいいじゃん」と思えたのです。娘を思う気持ちは別の形で昇華できるのかもしれない。それは何らかの形での後輩のサポートかもしれない。具体的に今は思いつかないけど、家族オンリー志向ではなく外にも目を向けると、自分が母親的役割を果たせる場所はいくらでもあるのだと、思えたのです。

人が好きだから、家族のメンバーも好きで、娘が離れていくのは寂しいと思っていたけど、人は家族以外にもいっぱいいますよね。当たり前だけど、わりとファミリー志向だったから気づかなかった。自分が人生に何を求めているのかがまた少しわかったような気がします。

 

立場や役割が目まぐるしく変わる女性の人生、そのことが辛い場合もあるけど、変化は別の世界を見るチャンスでもあるのだから、様々な経験を自分の武器として、新たなフィールドでもハッピーに過ごしていく努力をしたいなと思います。

仕事始めと今年の目標

  • 2017.01.05 Thursday
  • 22:01

明けて2日にも仕事していましたが、あれは年末に終わらなかった分なので、今日が実質の仕事始め。

年末年始の仕事、思ったように進まなくてキツイなあと思っていたけど、終わってみれば時給5000円程度でやりこなせたので、よしとしましょう。今年もますます効率化を図っていこうと思います。

 

効率化する目的は、ずばり仕事時間を減らすため。仕事のために座ってばかりいたら、いくら好きでも寿命が縮む。だからといってスタンディングデスクで立って仕事すればよいかというと、立ちっぱなしも良くないらしく、じゃあウォーキングマシン付きデスク?1日1万歩は歩きすぎで貧血になるらしいし。ああ、もうどうすればいいの?ある程度はあきらめましょう、仕事時間を健康的に過ごすことは。仕事時間を減らせばよいのですよ。

 

人生仕事だけではないと、今さらながらに気付いた私は、再び仕事以外にも目を向けようと思っています。大好きですよ、もちろん仕事は。でもやりすぎはいろんな意味でよくない。だから、効率化。仕事時間をできるだけ減らして同じだけのアウトプットを確保する。あくまでも自分の状況においては、その心がけには価値があると思っています。

 

ただねえ、短時間でやりこなすと脳内疲労がハンパないので、ヘトヘトになってしまうのですよねえ。脳の疲労回復には身体を動かすことがいいのかな。そのあたりをじっくりと検証して行動に移していくのが今年の目標です。身体の衰えは脳の衰えにつながるのかしら?最近特に脳の持久力が落ちているような気がします。そのあたりの改善には「運動」がキーワードになりそうですね。

 

運動や栄養や気分転換や大げさに言えばこれからの生き方について、たくさん本を読みながらいろいろと考えています。この本は良かったとおすすめできる段階になれば、また紹介しますね。今はいろんな本を読んで知識を増やし、考察しているところ。専業主婦から翻訳者に戻ったときと同じくらい、今、自分に変化を求めています。キツイ作業ですが、これを避けるわけにはいかない。なので、あえてもう一度変わってみようと思っています。変わるのって大変なんだけどね。維持が一番楽なんだけど、維持しているつもりで下降している場合がほとんどだからね。もう一度、いや何度でも変わろうと思います。今年はそれが目標です!

 

 

 

 

 

 

 

今年は

  • 2017.01.02 Monday
  • 14:01

昨年末のラストスパートが間に合わず、実は年内に終わらせようと思っていた仕事の範囲をやっと先ほど終えました。実質1〜2時間の作業で完了しましたが、その時間がなかなかとれなかったのですよねえ。まあこれが家族持ちあるある(男性なら違うのかな?)でして、みんなの状況に合わせて仕事をせざるを得ないというか、仕事最優先を主張しにくいというか、夫が休みに入ってしまうと仕事しづらいのです、どうにもね。

 

この年末年始は長女が実家に帰らないと決め、「普通はこういうとき、お母さんが残るみたいよ」と要請されたので、私も長女に合わせて家でお留守番。だから2日から仕事もできました(笑)

 

家で迎えるお正月なんて、思い出せないくらい久しぶり。少なくとも社宅から今の家に引っ越してからは初めて。

おせちはいつもお重に詰める係だったけど、うちにはお重もないし、家でおせちを用意するのも最初で最後かもしれないので、今回は家にある普通のお皿に持ってみました。手作りの品はまさかのゼロ。ああ、拙いわ〜。せめて葉っぱや実もので飾りたい。紅白を見ながらかなり酔っ払った状態で盛り付けた結果がこれです(ほんとお恥ずかしい)。

 

年末の大掃除。浴室、トイレの大掃除は夫にお任せ。今年はユニットバスの扉を外してカビ取りしていました。うちは夫婦2人とも普段は仕事で忙しく、なかなか掃除が丁寧にできないのですよねえ。普段から夫に家事を負担させる気はあまりないのです。好きなように仕事してほしいし、仕事がしたいという気持ちはすごくわかるし。だから、年末休みにやってくれるので十分。あとは私が基本的にはやろうと思っているけど、私もまあできればやりたくない、というか仕事している方が楽。なので、換気扇の掃除は今回も業者さんにお任せしました。

 

夫婦間の家事の分担については、一応ふっきれました。平等じゃなきゃおかしい、なんてしゃかりきになっていたこともあったけど、もういいや。もともと私は自分の役割としてこういう生き方を選んだのだから。夫は夫でやれることをしてくれたらいい。サラリーマンという、融通が利かない仕事に就いているかぎり、そうそうマイペースには時間を使えないでしょう。サラリーマン的生き方は、私には無理だけど、夫が安定してサラリーを稼いでいてくれるお陰で様々なことが安定しているのだから、そこは感謝です。私は家族に合わせながら仕事できればそれがいい。合わせられるくらいの余裕を持ったスケジュールで仕事をしていきたい。

 

 

 

さて、その仕事ですが、昨年の年収はほぼ一昨年と変わらず。1年間で波がありましたが、最近は落ち着いてきて、平均すると、1日5時間月20日労働という感じです。この労働時間で年収をあと100万円上げることが当面の目標です。いつになるかはわからないけど、いつかそうなるんじゃないかなあと思っています。最近では5件依頼されて1件受けるくらい仕事を選べるようになり、ますます楽して楽しく仕事しています。これからもどんどん楽になるように、楽しくなるように仕事していきたいと思います。

 

仕事以外の目標については、またのちほど。

ラストスパート

  • 2016.12.25 Sunday
  • 16:59

3連休、のーんびり。
誕生日は心ゆくまでDVDを見たり、楽譜をダウンロードしてピアノを弾いてみたり。

 




クッション、ハンドクリーム、チョコ、CDなどをもらいました。

 

 

最終日は庭仕事。春に花咲く球根をたくさん植えました。


月曜日に1本納品したら、あとは年越し。
お正月休みに慌てないよう、ラストスパートしておかなきゃね。

筆力

  • 2016.12.23 Friday
  • 11:55

いつも見ているバラエティ番組。いろんな分野の講師が授業をするというもので、先日の科目は英語。講師は現在東京工業大学で教鞭をとっているパックン先生と、留学経験がありJ大学国際教養学部に一般入試で合格したというメンバー(なんのメンバーかはご想像におまかせします)のO君。もちろん私の目当ては他にあるわけで、かる〜い気持ちで番組を見ていたのですが、ああ、またまたひっかかってしまいましたよ。翻訳がらみでいろいろと考えてしまったのですね。

この日の授業はクイズ形式で、出題された英文を和訳するというもの。

例えば、

"Mr. Y is making a long face, because he can't eat red rice."

という英文が出題され、それに対する和訳

「Yさんは赤飯が食べられなくて○○だ!」

の○○のところを生徒が考える、というクイズ。

この答えは「不満そうな顔」なのですが、それはさておき、このbecauseの訳し方が気になりますねえ。

他には、

"Mr. K is a gold brick. He is a dead duck."

という英文が出題され、この和訳は

「Kさんは給料泥棒なのでどうしようもないダメ人間だ。」

となっているのですが、「なので」を勝手に入れて2文を1文として訳しているところが気になる〜。

まず、最初の文。「食べられないので」と訳してしまいそう。「食べられなくて」だとなんとなく結果のイメージがありますよね。でも、日本語としては先生の訳が自然です。

そして次の文。このような2文が"and"でつながれている場合もよくありますよね。その場合、単に羅列するのではなく、つながりを考えて「なので」「だけど」などを加えてやるほうが、意味がわかりやすいことがあります。まさに「行間を読む」というやつです。

どちらも先生の訳が自然で、「日本語ならそう言うよね」という感じです。この「日本語ならこう言うよね」という感覚。それが翻訳では非常に大切なのですね。

受講中の治験翻訳講座でも同様のことを学んでいます。私はいつも、先生の訳例と自分の訳との差はどこにあるのだろう、と考えるのですが、先日それに対する答えが少し見えてきました。私がある1文に対して「先生がなぜこの動詞をこのように訳したのかがわかりません。どうしても自分はそのようには訳せません」と質問したところ、先生は、英文は情報を拾うために読むには読むけど、訳すときには英文自体から離れて「書かれている内容を日本語ではどう言うか」に留意している、と答えてくださいました。先生は私が思っている以上に原文にとらわれずに訳していることがわかったのです。特に動詞は名詞とセットになっている場合、辞書の訳語を探すより、その名詞とセットの場合は一体何が言いたいのか、どういう表現が一番自然か、ということを考える必要があるのですね。

パックン先生の訳も同じで、見ているのは英文の単語一つ一つではなく、言いたい内容。その内容をどう日本語で表すか。それだけなんですね。文と文とのつなぎもそう。日本語ならこうつなぐのが自然、という感覚を大切にする。

翻訳者は創作者ではありません。でも、原文から内容を読み取り、それを訳文にする段階ではライター的要素が必要なのですね。一番自然な言い方。過不足なく情報を伝える文章。そこに必要なものは英語力ではなく筆力です。内容を把握するための調査はするけど、後は自分の筆力にかかっている、そう思うと翻訳というものがこれまで以上に手強いものに見えると同時になんてクリエイティブな作業だろうとも思えるわけでして。先生たちの訳文に近づいていきたいと、心から思いました。

悲鳴2つ

  • 2016.12.20 Tuesday
  • 21:30

今週の悲鳴

 

お願い、やめて〜、ああ見たくない「ギャー」(夫と娘から「ドンマイ」となぐさめられました(ToT)/~~~)。

 
さて、今日思わず「ウオウ!」と声をあげてしまったのは、Tradosに関する長年の悩みが解決したから。改行が入っているセルの結合ができなかった(と思っていた)のが、初期設定でできるようになりました!また、原文のちょっとしたお直しもできるようになりました。
やり方は、プロジェクトの設定→「段落を超えた文節の結合を無効化する」のチェックを外す&「原文の編集を許可する」にチェックを入れる、です。
ああ、やはりデフォルトのままにしておくべきではないですね。どれほどストレスが減ったことか。しかし、いつからこの機能は使えるようになったのかしら。2015でも使えたのかな?

Studio 2017、なかなかいいです。Autosuggest機能も、「えっ、こんなものもsuggestしてくれるの」というものまで表示してくれて、便利なときもあります。

今日は参考資料としていただいた対訳を2つのwordファイルとしてそれぞれ取り込み、整合させてメモリを作成しました。整合作業もわりと感覚的にできるので、これは便利。訳出作業中にメモリの誤りに気付いたときには、ささっとメモリの修正をすることもできます。そうやってメモリを蓄え、メンテナンスしておくと、それが財産になるのです。

ますますTrados、手放せない存在ですね。

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