「熱い心でクールな仕事を」がモットーの
メディカル翻訳者の日々の暮らし
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光源氏?

(今日のムフフ)

最近なんか動きがないなあと思っていたのよね。悲しい発表はあったけど、またここから始めていってほしいな。

そんななか、待望のライブDVDを入手。忙しくて、やっと観られたのは22時頃。「Sweet Liar」で、すでに「ああ、もう今晩眠れない」と思ったけど、SUMMARYコーナーの極彩色の和装にやられた。「君は光源氏か?」と思わずつぶやいてしまった。あれが一番かっこよかったなあ。そのあとどんどん脱いでいって(こう書くといやらしいなあ)、最後は上半身裸。まあ、ダンスするには動きにくいし、最後は太鼓を叩くから仕方がないけど、脱がなくても全然OKだわ。そして一番好きな曲「Ignition」はR様のサックス付き。なかなかあれ、音が出ない楽器だよ。すごいよR様。あと1枚残っているDVDを観るのを楽しみに今日も仕事をサクッと進めましょう。

デフォルトを意識する

今週はちょっと仕事が忙しく、ブログのアップも滞っていました。まだ気が抜けない状態ではあるけど、小休止。週末くらいは時間に追われずに過ごしたいものですね。

 

10年くらい前、当時ほぼ専業主婦だった私は「自分の人生、このままでいいのか?」と強く自問し、「絶対このままでは終わりたくない」とあがいてあがいて、その結果、今の仕事を手に入れ、現在に至っています。当時も十分幸せだったと思います。「いつも楽しそうだね」と言われていましたし、なんやかんやで充実した日々を送っている感じもありました。もともと家のことは好きだし、子どもたちとの生活にも不満はありませんでした。でも、欲求不満がくすぶっていたのですね。

今、このように仕事がある状態にすごく満足していて、ああ、苦しい道だったけど通ってきてよかったと本当に思っています。こうなりたくてこうなった、という感じで、それ自体には満足しています。

 

ただ、最近また別の欲求不満がくすぶってきました。それは、今の状態がいろんな意味で理想の状態ではない、ということです。それに気付いたのは、何気なくキッチンのカウンターを眺めていたときでした。キッチンのカウンターの上には「置いておく」と決めたもの以外何も置いていないのがデフォルトのはず。なのに、うちのカウンターには例えば棚に片付けていない子どもの水筒とか、明日も使う弁当箱とかが「仮置き」されている状態が、実は「デフォルト」。1日24時間365日のうち、何もないカウンターと何かが置いてあるカウンターの比率はどちらが多いかを考えたときに、何もない状態の方が少ないことに気付いてしまったのです。

 

気付いたと言えば大げさですが、「目に入っているのに見えないようにしているもの」が「これがいつも見ている景色なのだ」と認識した、ということですね。そういうシビアな目で見た時、自分の今の状態は決して理想ではない、ということに気付いたのです。

 

例えば部屋の状態で言うと、「最高に片付いた理想の状態」をデフォルトだと思いこんでいて、現実はそうではないのに「今は仮の姿」って思ってしまうこと、ありませんか?まさに今見えている景色が現実なのに、どうしても「かさ上げ」してしまう。パーセントで考えるとよくわかりますね。24時間のうちの何%が理想の状態になっているのか?

 

言わずもがな、これは部屋の状態に限ったことではありません。「理想の状態」と「現実」とのギャップは大きいのです。でも、現実はなかなか見えません。見ようとしません。理想がデフォルトだと思っている。

例えば理想は「仕事もプライベートも充実している自分」だったとします。実際にはできていないのに、「本当は」友だちと楽しく遊んだり、ゆっくり家族と向き合う時間を取ったり、季節感を大切にする自分なのだ、と思っていたとしたら、そちらが「本当の自分」だと思ってしまうのだけど、そうではないのですね。過去のデータを見ると一目瞭然です。一体過去数カ月の間にどれだけ「理想の自分」であった時間があったのか?その実績こそが自分そのもの。

 

普段の自分こそがデフォルトの自分で、普段の自分というのはそうしている比率が一番高い自分ということです。例えば今この瞬間、身につけている服がヨレヨレで、実は10年くらい着ているものだとか(長く大切に着るという意味ではなく)、昨日の食事を思い出してみると、適当すぎるものだったとか、楽しみだけが目的の旅行なんて何年も行っていないとか、友人との楽しい外出を何カ月もしていないとか、そいうい状態そのものが今の「本当の自分」だったりするのですね。

 

私はわりと未来のために現在を犠牲にしてしまうタイプで、忍耐力には結構自信があります。我慢強く、耐え忍ぶという感じですね。近年、仕事を軌道に乗せるために、わりといろんなことを我慢してしまっていました。もちろん未来のためでした。でもそうやって未来を見て今を見ていないことが「今、この瞬間理想の自分ではない」ということにつながっていることに気付いたのです。すごく若いときならそれもありだけど、もうそろそろ「今」が理想の状態であってほしい。大人になったら手に入れたいと思っていたものは、まだ「そのうち手に入るだろう」なんて思っているところがあったけど、もう十分「そのうち」です。もう十分「大人」です。いつまで「そのうち」なんて思っているのだろう、それは単なる現実逃避ではないか、とキッチンのカウンターの考察から思い至りました。

 

現実を見るのは辛いです。「大人になったらこうなっていたい」と思っていたことがまだ全部はできていません。今まではまだ「本番感」がなかったと言ってもいいかもしれません。でも、「本当の私はこうなの。今は違うけどいつかそうなるの」の「いつか」はもうそろそろ来なければなりません。そういう意味で自分の環境なり生活を見てみると、理想ではない部分が多々あります。デフォルトを常に意識すると、本当にまだまだな自分が見えてきて、理想の状態をデフォルトとするためにはまだまだやらなければいけないことがあります。でも、それをしていかないことには、たぶん永遠に「本当はこうしたいんだけど」と言っていることになります。アンパンマンの歌じゃないけど、「そんなのはイヤだ」。

 

ちょっと辛いけど、やはり理想の自分になりたい。だから、常に今のデフォルトを意識して生活していきたいと思います。

 

突き刺さる言葉

(今日のムフフ)

「ハガレン」が公開されたら書こうと思っていたR様のお言葉。映画雑誌での特集を含め、10冊ほどの雑誌で繰り返し語っていた言葉がもう胸に突き刺さって抜けない。下手な自己啓発書を読むよりよっぽどためになるわ〜。それにしても、自分の半分ほどしか生きていない青年からこんなに学べるとわね。よく考えたら、娘とあまり歳が変わらないじゃないの。なんでこんなに大人なんだろうね。

 

私は原作を知らないのですが、「鋼の錬金術師」では、「等価交換」という言葉がよく出てくるらしく、R様はそのことによく触れていました。

「普通の人が持っている当たり前の自由の多くを手放すのと交換にほかの人には見られない素晴らしい景色を見させてもらっていると思っている」

「居場所はここしかないから、この先何があってもこの場所で頑張るしかないという覚悟がある」

この2つの言葉をいろんなところで繰り返し語っていました。

 

「等価交換」「居場所はここしかない」

 

頭を殴られました。もう、この考え方が頭から離れない。

 

ああ、なんて自分は甘かったのだろう、とこの歳になって思い知りました。

 

まず、「等価交換」。何かを差し出さなければ何かを得られないのですね。手放さずにもらうことだけ、なんてできないのですね。ああ、甘かったなあ。

私は欲張りな性格で、これもあれも手に入れたいと思うタチ。なによりも欲しかった家族との生活を、幸いにも得ることができたのに、仕事の手が家族に取られると、つい愚痴な気分になっていました。でも、私は欲しいものを得るために自分の時間を差し出したのだから、そこを恨むのは筋違い。結婚するときに会社をやめたのは、欲しいものがあったから。望んでいたものが手に入ったのに愚痴を言うのはおかしいですよね。

 

仕事と家庭を両立させるために、そりゃあ自分の時間がなくなることにも多々あるけど、それは自分が選んだ道。1日のうち、息をつけるのが1時間もないときもたまにあるけど、そのかわり家庭と仕事に対する満足感というのは計り知れないわけで、それを得るためには、多少シンドイこともあって当然。そして、冷たい泥水に手を突っ込まなければつかむことのできないもの、というのがあるのですよね。きれいなままで、楽して手に入れたものは自分にとっては石ころにすぎず、宝石をつかむには必ず通らなければならない道があるのですよね。自分はそれをつかんできたという実感は確かにあるので、多少のシンドさはその対価。愚痴る前に手にしたものをもっと味わおうと思いました。

 

そして「居場所はここしかない」。私が一番聞いていていやな気持ちになるセリフが「こんな仕事、本当はしたくない、向いていない」「この人と本当は結婚したくなかった」「本当はこんなことがしたい」、そして「でも…」。

R様が言っていた言葉「他に行くところがないから」「やれることもないし」「だからここで頑張る」。そう思って今の自分の置かれた環境で全力を尽くす姿に頭が下がるのです。そう、今の自分以外の自分になんてなれない。もし「本気で」別のものになりたいのならさっさとなろうよ。そのために努力しようよ。そうでなかったら今の自分が本当の自分。覚悟を決めてそこで生きよう。

 

Destiny is not a matter of chance,

it is a matter of choice.

 

これ、たぶんR様の言葉を訳したもの。

 

あそこまでストイックにはなれないだろうけど、自分なりに今の自分を見つめ、覚悟を決めて生きていきたいです。

 

 

 

 

動揺

(今日のムフフ)

だからだったのね、心なしか笑顔が寂しそうに見えたのよ。かわいそうに、Vを見る前マイクを持つ手が震えていたじゃないの。その後のパフォーマンスは完璧だったけど、さすがに終わったときにホッとしたところでYくんがハグ。きっと自分もハグしたかっただろうけど、そこは照れてパンチで返すあたりがたまらないわ。こっちも動揺してちゃんと観られなかったから、今日はじっくりと復習しよう。それにしても今忙しいR様にあんなことするなんて、きっと夜も眠れなかっただろうと思うとTV局に抗議したいくらい。「かわいそうだったけど、これでまた株が上がるよ」と長女がなぐさめてくれたけど、株なんてこれ以上上がらなくていいから、もうあんなかわいそうなことしないで。グループ愛なんて、確かめなくてもあふれているに決まっているじゃない。あんなに動揺しているR様を見たのは初めてだったな。

見つけてしまった

(今日のムフフ)

物欲はないほうだと思っている(本人は)から、今度の誕プレも特に思いつかなかったのだけど、あ〜あ、見つけてしまった。うん、あのネックレスを去年メンズ・ビギで買った白のケーブルニットに合わせて、スリムジーンズとショートブーツを履くと、いい感じかも。まさにR様好みの格好だし、まるまる男性がやっても全然おかしくないコーディネートだなあ。とりあえず、3人でがんばってもらおうと、家族LINEに商品の詳細を送ったけど、そんなもの買うよりのろくなってきたパソコンを買い替えなきゃあ。だって、ネックレス買ってもつけるのはせいぜい月2回程度でしょ。R様は雑誌の取材とかで、それをつけて何枚も写真撮っているから元が取れているでしょうけど。というか、買うときに悩むような金額じゃないよね。こっちはパソコンと天秤にかけてしまうよ〜。パソコンは毎日使うから、そちらの方が優先順位は高いよねぇ。ああ、ほんと私バカよね〜。

早くも

(今日のムフフ)

やった〜!紅白出場内定!

R様自身は5回目だからもう慣れたものだろうけどね(それにしてもあんなに若いうちからあんなに働いていたら、そりゃあ経験値も上がるってなもんです)。

しかし、女性司会者とあのメンバーとの共演は大丈夫なのかな?いや、もしかしたら紅組にあの方が出られる可能性も。早くも細かいところが心配になってきた。。。

ささやきアンサー

(今日のムフフ)

まあ、「天使の笑み」だなんて青木アナ。「永久保存して棺桶まで持っていく」だなんて、男性にもそう思わせてしまうのね。R様語録は数あれど、「1%の可能性を100%信じる」は青木アナと同じく私も座右の銘にさせていただくわ。

しかし、男性でも「ささやきアンサー(ライブで「スイートアンサー」の「アンサー」部分をささやいて歌うこと)」にグッとくるのね。R様のファン、男性も多いのよね。ある男性がR様のファンで、その彼女が影響を受けて自分も好きになり、彼女のファン活動が忙しくなったため、男性と別れたという実話。カップルを別れさせてしまうR様ってすごいと思っていたけど、そもそも先にファンになったのは男性だったわけで。そう、性別なんて関係ないわ。老若男女みんなから愛されるスターになってください。

これで大丈夫

(今日のムフフ)

ああ、だからだったのね。映画のプロモーションのために金髪にしていた髪をすぐ黒に戻したのは。東大卒の警察官役で1月からドラマ!12月の映画が終わって、年末の歌番組(紅白出場にも期待)も終わってしまったら、春のライブDVDの発売までどう過ごそうかと思っていたけど、これで冬を乗り切れる〜!今回は、お得意のコメディタッチかなと思うけど、本当は「タイタニック」みたいなのをやりたいのよね。イタリアでは「東洋のディカプリオ」って言われていたらしいし、ゆくゆくはハリウッドですか?ああ、ますます遠くなっていくのが少し寂しいけど、応援するよ!

求めているもの

(今日のムフフ)

あ〜あ、ドームツアー、外れたよ〜(T_T) 「まあ、夏、当たったんやから」と娘たちになぐさめられ。行く気満々だったこの気持ちはどこに持っていけばいいのだろう。とりあえず、R様が表紙の映画雑誌3冊と東京ウォーカーが届くのを楽しみにしよう。

主演映画が世界190以上の国と地域で公開されることについて、「これ以上幸せなことないんじゃないかってぐらい、幸せを今 感じております」と言っていましたね。どんな気分なんだろう。これ以上幸せなことがないくらい幸せって。まあ、そんなR様を見ているのが幸せな私です。

 

先日タイに旅行して、しみじみと日本での日常の快適さを感じました。ピンポイントでは、タイにもいいところがいっぱいあるのだけど、全体的には日本にいるのが楽。同じく先日アジアのある国に旅行したお友だちと「国宝展」を見に行ったときに「やっぱり日本はいいよねえ」と意見が一致しました。例えば外国での料理そのものはおいしかったとても、そのお店の清潔さとか雰囲気まで含めると、評価が下がってしまいます。一体何を求めて旅行しているのか、ということですね。決して国そのものを否定するつもりはないのですが。

 

若いときはそんなこと感じなかったのかなとも思います。その理由は、若いときはまだ自分の好きなように日常生活を送ることが難しく、金銭的な面で安いもので間に合わせたり、快適さよりは値段をとっていたところもあったからかなと思います。例えば学生時代の北海道旅行。まず電車(○○エクスプレスとかではないもの)で青森まで行き、そこから青函連絡船で4時間かけてたどり着き、泊まるところはユースホステルがほとんど。そんな旅でも仲間と一緒にワイワイやって、楽しかったし、景色なども十分楽しめました。でも今ならたぶん体力温存のため、できるだけ快適に移動したいと思うし、泊まるところも選んでしまうと思います。

日常生活でも、好きな食べ物は取寄せて食べ、仕事場は快適な椅子と大きなモニター、ローラーバーマウスでできるだけ身体の負担を軽くし、自宅作業ということもあり、寒い、暑いなどの悪天候のつらさもほとんど感じることなく、頭が働くときだけ作業して、休みたくなったら休む、みたいに「ワガママに」生活しているので、不快さを感じることがないのですよね。

 

つまり、わりと日常に満足してしまっている、日常を底上げすることにエネルギーを注いでいる自分を再認識しました。

エイベックス社長の松浦勝人さんは、ほとんどの日用品に「これ」という指定があるらしく、自分の身の回りにあるものやパターンが決まってくると、なかなか変えられないそうです。だから、海外出張や釣りに行くときもどうにかして普段の自分の生活にできないかを考え、例えば釣り船にはウォシュレットやソファを設置してしまったとのこと(個人所有の船ではありません)。

作曲家の松任谷正隆さんも自分史上最高の生活必需品の1つとして携帯ウォシュレットを挙げていて、やはり海外にいくときになくてはならないものらしいです。

ウォシュレット人気についてはさておき、お二人の思うところはわかるなあ。たぶん、日常を快適に過ごしていて、日常から離れるときもそのレベル以下になるのは嫌なんだろうなあ。

私もまずは、日常をより快適にしていきたい、そちらにエネルギーを注いでいきたい、と強く思いました。それが自分が求めていることなんだと。その延長線上に旅行やイベントがあるのは歓迎だけど、まずは日常の底上げ。それはもっとできるし、工夫するのが楽しそうだなと。

そして日本の良さを改めて感じたことから、国内をもっと楽しみたいとも思いました。いやあ、ほんと素晴らしいですよ、日本は。こんなに食べ物がおいしく、治安がよく、清潔な国はそうそうない。場所を選べばどこまでも快適さを追求することができます。そんな日本をもっと感じたいなと思っています。

 

 

もう1つ、自分の求めているもの、それがはっきりしたのは、シンガーソングライターの山崎まさよしさんが自作した包丁スタンドを見たとき。DIYが心の安定にも役立っているらしく、「音楽と違い、木工は手がければほぼ確実に完成し達成感が味わえる」と言われていました。うん、わかるわかる。実はなぜか私も最近塗り絵や写経の本を買って、「作業」するのが「癒やし」なのです。

 

 

塗り絵マンダラ (ブティックムックno.1216) ムック – 2015/4/23

塗り絵マンダラ

 

いちばんやさしい写経練習帳 (エイムック 3472 えんぴつで書くシリーズ) ムック – 2016/8/29

 

こんなの買って、「作業」を楽しんでいます。

 

なんでこんなことしているのかなと思っていたとき、劇作家の三谷幸喜さんが代弁してくれたコラムを読みました。三谷さんは最近料理をよくやっているそうで、「レシピ通りに作る楽しさは、プラモデル作りに通じる。ゼロから物を作る仕事を生業としている人間は、他人にお膳立てして貰って何かを作る「楽しさ」に飢えている」と書かれていました。

そう、まさにそうなんですよ。ゼロから作り出す産みの苦しみを日常の仕事としていると、何も考えずに何か見えるものができる作業を欲するのです。山崎さんの音楽、三谷さんの脚本、そして同列に並べるのはおこがましいですが、私の翻訳。すべてが無からの創作。翻訳は創作ではないかもしれないけど、やはり、左にあるものを右に移動する、という作業ではなく、自分の頭の中を通して作り上げる作業の連続なのです。それを仕事としているプレッシャーは半端ない。とにかく自分から産み出さなければそこには何もない。そして誰かと共同でやる作業でもなく完全に自己責任。日々そういう時間を過ごしていると、無責任に何かを作り出したくなるのです。それでかなあ、私もわりと料理が気分転換になっているのは。失敗しても家族用だから平気だし、厳しく評価されるわけでもなく。気楽なんですよね。塗り絵や写経をやりたくなるのもその気楽さが欲しくて。作業に没頭して「瞑想状態」になれるのは、仕事ではないから。仕事だと緊張感、責任感は意識していなくても必ず存在しているから。でも、これを仕事にしていることはこの上ない喜びなんだけどね。なんというか、この感覚は仕事として何かを作り出している人にはわかってもらえるのでしょう。

 

最近の自分を正直に見つめると、上記の2つのものを求めていることがわかりました。

それがはっきりわかってよかったです。欲しいものがわかったら手に入れることができますから。

これからの自分にまたワクワクしてきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

短所はライバル

(今日のムフフ)

昨日のCDTV、テーマがハロウィンだからもしかしたら「Vampire」かなと思っていたら「Mascarade」だった。そりゃそうか、そうきたか。さすがに仮面を外すタイミングは全員一緒だったけど、もう最高。姪っ子にLINEしたら「カッコよすぎて一人で騒いでいました」とのこと。こっちは女3人テレビの前のソファーに陣取り、悲鳴(ダンナ、入浴中でよかった)。それにしても、同じ黒シャツを着ていてもカッコよさが段違い。ボタンの開け方ひとつとってもきっと工夫しているんだろうなあ。元が良い上に、努力を怠らないのだから、そりゃもうかなう人はいない。残念ながら私よりも背が低く(こっちが高すぎるという話もあるが)、スタイルだけならメンズノンノのモデルもしているY君の方が上なのかもしれないし、「もし身体のどこかを自由に作れるとしたらどこをどうしたいですか?」との質問に「できれば足を長くしたい」とも答えていたけど、そんなことは関係ない。「自分の短所はライバルだと思っている」なんて言葉、言えますか?

さて、いよいよ今日はドームツアーチケットの当落がわかる。「緊張します〜」と姪っ子が言っていたが、私ももちろん。名古屋がもし当たったら青春18切符で行くぞ!