お正月以上?

いつ頃からだったかな。母の日の朝にいつものように洗濯しようとしていたら長女が「お母さんは何もしなくていいよ」とすべての家事をやってくれるようになったのは。確か小学校高学年くらいだったと思いますが、それ以来、母の日は本当に「何もしなくていい日」になりました。

 

家事というものは「いえのこと」だから、家にいないとできないので、出かける用事があれば当然難しくなりますが、父娘3人で何とか分担していろいろやってくれています。

 

今年は「朝からサンドイッチパーティーしたいなあ」とリクエストしました。用意ができた頃に起床(のはずが、習性で早く目覚めちゃうんですよね、これが^^;)。

 

 

昼食はスパゲッティナポリタン(夫作)。

 

おやつにケーキも食べちゃいました。

 

 

夕食はロールキャベツ。これまた夫作。子どもたちは手伝い程度(笑)

主人の母とこの日に電話で話したら、「今日はご飯を全部買ってきて済ませた」と言っていました。ああ、昭和の夫(つまりお義父さん)に家事分担を求めるなんて無理なのね。自分たちの前の世代よりかなり長生きで、動かない夫を持つ妻になってしまうあの年代に同情します。まあ、あちらからしたら妻が専業主婦ではいられないこちらの世代が同情されているのかもしれないけど。

 

 

プレゼント。奥のツボ押しは夫へのリクエストで買ってもらいました。

子どもたちからはポーチやハンカチ、高級チョコなど。

青いパッケージは長女に頼んで買ってきてもらった、R様がつけている(娘情報だから本当かどうかは不明)という香水。

毎晩、枕にふりかけて楽しんでいます(笑)

 

家事をあえてしない、というのも手持ち無沙汰で。かといって仕事もできればしたくなかったので、気の向くままにライブDVDを観たり、ピアノを弾いたりしました。いやあ、「何もしなくていい」という意味では正月以上にのんびりできる日ですね。お正月はいわば家族の行事だから、嫁として、娘として、妻として、母として、ある程度動かなければならない(洗濯がなくなることはありませんし)。お友だちが言っていたのだけど、「家族旅行ですら完全にリラックスはできない」という立場なんですよね。まず動くのは自分、という気持ちがあるから。母の日はそういうことすべてから開放され、本当に楽ができました。ああ、これを2人の母にも体験させてあげたいな。そのためには自分が実家に行って、すべての家事をやってあげればいいのですけどね。自分がうれしいと、人にもやってあげたくなるものですね。感謝に包まれた母の日でした。

 

 

今週は仕事が忙しくて、楽しみにしていた翻訳仲間との遠足にも行けませんでした(泣)

天気のいい日はせめて外にでたいから、朝の散歩を少しだけ。

 

旧草津川の堤防にできたスポット。歩けるコースができていて、庭も整えられています。

 

 

田舎には似合わないおしゃれな感じ。これが東京とかなら人であふれているんだろうなあ。こちらでは人影はまばら。ぜいたくに散歩できます。

 

地方税、うんと払っている(自分比)のだから、せいぜい楽しませてもらいましょう。

| 日常 | 09:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
連休も終わり

GWラストは会食2連チャン。まずは治験翻訳講座で一緒だった仲間と北新地のA TABLEさんで同窓会。知っている人がいないとなかなか行けない場所ですが、超人気でお店は予約の人でいっぱいでした。

 

 

 

 

 

仕事、そして自立して生きていくことに真面目に取り組み、実際に行動を起こしている皆さんとお話していると身が引き締まる思いでした。「今タネを蒔いておけば10年後の自分は違うものになっていると思う」と言われた方がいましたが、これは仕事にかぎらず言えることですね。自分を振り返ると、仕事だけではなくほんとに子育てと主婦生活、がんばってきたなあと思います。もちろん自分なりにの話で、人に褒められるようなレベルではありませんが。今、家族全員が生き生きと毎日を過ごし、和気あいあいと過ごすことができるのは、やはりそれなりの努力(あくまでも自分なりにです)があってこそこうなったのだと思います。苦しいこともたくさんあったし、人を恨みたくなるような状況にも何度も陥ったけど、そのたびに「人のせいにせず、人を恨むことに終始せず」真剣に精一杯取り組んできたなあと思うのです。そういうときにもし逃げていたら、こういう満足感は味わえなかっただろうなあ。もちろん自分だけではなく、家族のメンバーみんなで助け合ってきた日々だったと思うから、いつも感謝の気持ちでいっぱいです。周りの人にもいっぱい助けてもらったしね。感謝感謝です。タネを蒔いて育てた結果、実った果実を存分に味わっている感じがします。逆もまた真なりで、種を蒔いて育てなければ何も実らない。仕事の成功も人間関係やプライベートの充実も「自分が」努力してこそつかめるもの。棚ぼたはたまにはあるかもしれないけど、その確率は低く、ぼたもちを自分が望んでいるとは限らない(本当はケーキが欲しかったりね)。それに、ラッキーが舞い込んでいるように見える人も実は必ず努力しています。努力なく幸せにしている人というのは今までお目にかかったことはないですね。表面的にがっついてなくてもきちんとやることをやっていたり、人への思いやりや気遣いにあふれていたり。さりげなくそういうことをやって、いつも幸せそうな顔をしている人が大好きですし、自分もそうなりたいなと思います。

 

 

たっぷりと仕事の話をした後は、大学帰りの長女と待ち合わせて少しだけ梅田をブラブラ。「ジャニショ」で写真を買ったり、「ミルクの旅」でヨーグルトを食べたりしました。

 

 

 

連休最終日は長女の入学祝いの会食に、両方の祖父母を招きました。

京都新阪急ホテルでゆっくりと食事を楽しみました。

 

 

 

 

 

GW明け、すぐに馬力がかからないですね。今朝玄関で見送った家族のみんながため息つきながら出かけました(笑)。休みはもちろん楽しかったけど、みんなが出払った後の自分だけの時間がうれしかったりして。これは主婦の特権ですね(ライブDVDも思い切り観れるしね)。

 

ブログ書きがキーボード操作のウォームアップになったことでしょうから、そろそろ仕事を再開しましょうかね。

| 日常 | 09:58 | comments(6) | trackbacks(0) | pookmark |
「安・近・短」で

今年のGWは「安・近・短」で(笑)。

映画「美女と野獣」は映像が美しく、ミュージカル仕立てで音楽も楽しめました。

自分の結婚式のときに夫の歳の離れたいとこがエレクトーンで「美女と野獣」を弾いてくれたなあ。その男の子ももはやいっぱしの社会人。今どきの若者の習性を聞くのが楽しく、会うと質問攻めにしてしまいます。なんでも今どきの新入社員(男性)は、居酒屋での歓迎会で最初から「ホットコーヒー」を頼むとか。時代は変わったわ。

 

 

近所の三大神社に藤を見に行きました。ここは「砂ずりの藤」と呼ばれる藤の大樹で有名なのです。

 

見頃を迎えた藤棚。風にそよいで良い香りまで漂っていました。

 

藤の花って、意外と近くで見てもきれいなのですね。

 

神社の帰りにイチゴ大福で有名な若松さんで今年最後のイチゴ大福を。「イチゴ大福まだあるでぇ。今日で今年最後やでぇ」とお店のおばあちゃんが出してくれました。みかん大福もおいしいけど、やっぱりイチゴは格別ですね。

 

 

部活帰りの次女を拾ってボーリングへ。なぜ急にボーリングかというと、まあお察しのとおり、好きなアイドルグループが番組の企画でやっていたのを観て、俄然やりたくなったというわけ。付き合ってくれる家族に感謝です。

 

超下手くそな私は今までスコア50が精一杯だったのですが、この日は100に迫りました。自分の中では進歩です。

 

今日と明日は会食です。遊んでばっかりです。でも、楽しいこといっぱいやって養分を与えないと上に伸びるパワーも出てきません。何もわかっていなかった子ども時代、今日何して遊ぼう、とそれしか考えていなかった。そういう自由な心で遊ぶことに罪悪感を覚えずに本能の赴くままに生きていきたい。だって、あの頃一番楽しくなかったですか?そして一番何かに夢中になっていませんでしたか?そういう中で自分の好きなことって見つかるものですよね。私の場合は幼稚園でみんなが運動場に走っていくタイミングでも部屋で紙に何か書いているような子どもだったらしいです。小学校時代は新聞作ってクラスメートに読んでもらったりね。結局そういうことが本当に好きなことなんですよね。昔も今も。子どものときのように好きなことだけやって日々過ごしたい。大人としての足かせ(例えば家庭人であること)があるにはあるけど、できるだけ自由に過ごしていきたいなと思います。もう一度子どもの頃のように生きていけたらいいですね。

| 日常 | 09:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
飲んだり食べたり

草津川跡地にオープンしたレストラン「SUNDAY'S BAKE RIVER GARDEN」に行ってきました。

 

何もなかった川の跡地にレストラン2つとホットヨガスタジオができたのです。

 

ワインに合うお料理がいっぱい。

 

やっぱりピザがおいしかったです。

 

 

土曜日は飲み会。「なごみ康」さんで。2年先まで予約が取れないと言われている滋賀県の超人気割烹「滋味 康月」さんの姉妹店。

こちらはカジュアルな感じです。

 

和食を堪能しました。

 

 

日曜日は次女のバレーボールの試合の応援に、皇子が丘体育館まで。

朝、夫の手作りスムージーを飲んでエネルギーチャージ。

 

 

強豪の滋賀短には負けたけど、がんばりました。中学のときよりは試合のレベルが高いですね。さすが高校生!

 

その後は長女と「オウミデゴハン」でランチ。実家の近くだったので母も一緒に。

 

 

最近のカフェのスイーツはどれもかわいいですね〜。

 

この日も天気がよく、外にいるのが気持ちよかったです。

春の日差しをたっぷり楽しみたいですね。

 

 

| 日常 | 22:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
桜を求めて

今年のお花見はお天気との兼ね合いでしたね。

まずは多賀大社に向かってGo!途中のサービスエリアでスタバ片手にお花見。

 

 

 

 

多賀大社ではしだれ桜を楽しみました。


 

「さざれ石の巌となりて」のさざれ石。

帰りに寄ったヒトミワイナリーでワインビネガーとオリーブオイルを購入。

 

この日はタコとセロリのマリネを作ってみました。

 

別の日にお友だちと三井寺近くの琵琶湖疏水の桜を見に。

 

 

青空のもと、桜を見ながら歩くのっていいですね。気持ちよかったです。

 

お花見の後は石山駅でランチ(→)。

 

 

 

 

季節のよいときのお出かけは楽しいですね!リフレッシュできました。

お花見後半戦は次のアップにて。

 

 

| 日常 | 11:45 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
意外と

3月は子どもがらみでなにかと忙しいし、仕事は控えめにと思っていましたが、終わってみれば過去最高の月間売上。

2社から受けていた1ヵ月単位の案件を2つとも納品してホッ。次に取りかかかる前に少しだけ休憩。

3月の作業時間は100時間足らず。「1日5時間で○○円売り上げる」という目標を初めて達成。全然意気込んでいなかったのにね。

よし、この調子で、「あまり長時間仕事せずに」収入を得ていきましょう。

 

ブログにまた整理して書きたいのですが、今後の人生設計、いろいろと考えています。仕事以外のことを考えていることが多いかなあ。もちろん仕事の効率化や戦略を練ることは「仕事の一部」ですので、今後もやっていきますが。

 

 

次女が高校で1年間皆勤だったそうで、クリアファイルをもらいました。

こんなものに県の税金や払っている授業料が使われていると思うと少々複雑な気持ちですが^^;

長女は3年間皆勤で目覚まし時計をもらいましたが、私立高校だったのでなんとなく納得していたのです(笑)

 

 

 

来る7月の辻井伸行さんリサイタルのチケットが取れてハッピー!

今年は○○の10周年記念ライブもあるだろうし、今から楽しみが多すぎる!

R様べた褒めのエマ・ワトソンを観に、「美女と野獣」の映画にも行かなきゃ。

ああ、生まれ変われるものならエマ・ワトソンになりたい。。。

 

春からは楽しいこと、いっぱいやっていきたいな♪

| 日常 | 20:33 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
春休み

受験が終わった長女と2人、やっと気持ちを緩めています。

 

カフェでお茶したり


 

映画を見たり。

 

夫から母娘でもらったホワイトデーのお返し。

iPhoneImage.png

 

先日の夫の誕生日には長女が夕食を作りました。

iPhoneImage.png

 

長女からお父さんへのプレゼントの江戸切子のグラス、私にも同じものをサプライズで渡してくれました。

受験生活のサポートへのお礼だったようです。

 

底が桜の花の形になっていて、とってもキレイ。

 

たかが子どもの受験くらいで動じる自分ではない、と思っていたけど、最後の方は「もう親やめたい」と正直2回ほど思いました。

高校や大学時代の同級生が口を揃えて「自分のときよりもしんどい」と言っていたけど、まさにそれ。近所のママ仲間も会うたびに「しんどいやろ?がんばりや〜」と声をかけてくれました。こんなにしんどいとはねえ。まあ実際には年が明けて、本番が始まり、結果発表を受けてまた次の試験、の繰り返しの日々が一番しんどかったなあ。たまたまだけど、受験は百発百中だった自分は「その点では」親孝行な娘だったと思います(笑)。

子育てとは自分を生き直すことでもあり、子どもの受験を通して自分を振り返る機会にもなりました。百発百中だったのは危ない橋を渡らなかっただけで、もっと上を目指すというチャレンジ精神には欠けていたのかもしれません。そういう意味では長女には「根拠のない自信」があり、上昇志向と自己肯定感がすごくあるのです。見通しが甘いと思うことも多々ありましたが、変化の激しいこの時代、当たって砕けろ精神、やるだけやってみる精神、うまくいかなくてもへこたれない精神は大切だなあとも思います。

 

「お父さんとお母さんがやってやれるのはここまでだからね。後は自分で道を切り開いていってね」と長女に伝えました。大学卒業以降のことは、もうサポートできない。お金を出す側にはなれても、お金を出してもらう自分になる(つまりは自分で稼ぐ)ために他人ができることはもうないのです。もちろん、こういう勉強をもっとしたいからお金の援助をしてくれと頼まれれば考えます。でも、「稼げる自分」にしてあげることは直接的にはできないのです。そういう意味で、もうここからは本人の領域。誰も助けてあげられない。親としては見守ることしかもうできないのですね。彼女は彼女の人生、そして私は私の人生を生きる。縁あって親子になったのだから、背中を見て何かを感じるくらいしてくれればもう十分。

 

次は次女の受験が迫っているけど、とりあえずひと休憩。子育て後の自分の人生設計、しっかり立てていきたいと思います。

| 日常 | 08:43 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
冬の終りに

お友だちと光の穂でランチ。

 

 

 

 

 

前回来店したのは夏で、お庭が花や緑であふれていました。

今回のお庭には冬ならではの趣向が凝らされていて、枯れ枝に刺したみかんを鳥がつつきに来ていました。

写真の一番上のみかんから、鳥が上手に一房ついばんでいきました。

 

 

お店は冬でも心地よく過ごすための工夫がいっぱいで、足元もヒーターで暖かかったです。お料理もハーブティーもおいしかった!季節ごとに訪れたいお店ですね。

 

 

バレンタインデーもいつの間にか過ぎていました。

次女が作った友チョコ。最近のJKは大変ですね〜。

 

 

夫の東京みやげ。Topsの常温保存可のチョコレートケーキ。東京駅限定だそう。東京は多いときには週に2回行ってるから、おみやげがないこともありますが、今回は買ってきてくれました。さすがTops。濃厚なチョコレートがたまらなくおいしかったです。

 

今朝も雪がちらついていましたが、春は確実にもうそこまできていると感じます。長かった冬ももう終わるかな。思考回路も生活パターンも、リハビリをしないと戻れないくらい、この1年は普段とは違う過ごし方をしていました。長女の受験が終わっても次は次女が迫っていますが、しばらくは何も考えずに過ごしたいですね。

| 日常 | 10:06 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
「運動」と「瞑想」を行うには?

仕事至上主義からの脱却を本気で考え始めた今日このごろ。

矛盾するかもしれないけど、逆に仕事は長く続けることになりそうだなあとも思っていて。というのは、この高齢化社会でいわゆる楽隠居は私たちの年代の老後(この言葉も死語になりそうですが)では望めないと思われるし、仮に楽隠居できるとしても、そのときの生きがいって一体何なんだろう?なんて考えるから。寿命がいつ尽きるのかはわからないけど、人生は思った以上に長い(特に後半戦は)のではないかと、周りの人の様子を見たり、本を読んだりして思うようになったのです。

 

というわけで、仕事を長く続けていくという前提でこれから戦略を立てていきたいなと思っています。そこで大切になるのがサステナビリティ。短距離走の考え方では続かない。長くやっていくにはどうしたらよいか。

 

たくさん本を読んで考察して、今、自分が大切にすべきことはとにかく、「健康」であると結論づけました。(心身の)健康が損なわれていると、全てに悪影響が及びます。仕事も快適に長く続けることができなくなります。身体はボロボロだけど脳だけは正確に動く、ということはないのですよね。脳をしっかりと働かせて仕事するためにも、「健康」は大切。

 

では「健康」になるにはどうしたらよいか。例えば、iPhoneのヘルスケアアプリでは

  • アクティビティ(運動)
  • マインドフルネス(瞑想)
  • 栄養
  • 睡眠

が挙げられています。これらの項目が疎かにならないよう、日々過ごすことが健康につながる、ということですね。

私の中では「栄養」と「睡眠」はわりとこれまでも心がけてきて、これからも精進(?)したいなと思っているのですが、「運動」と「瞑想」の時間を取ることは、わかっていてもなかなかできないことでした。

 

そこで見直したのが「家事」。実は家事は結構な運動になるのです。例えば掃除機をかける、洗濯物を干す、といった作業でも腕を伸ばしたり、かがんだり立ち上がったりします。料理にしても座ってやることは少ないので、おのずとその間は立っていることになります。私は大体夕食準備に1時間ほどかけるのですが、その間は立っていると思えば、(座って仕事をしていることに比べると)結構な運動です。

そして、海外のある料理研究家の方が言われていたのですが、料理は「瞑想」にもなるのです。「瞑想」って、海外ではもてはやされていて、一流のビジネスパーソンはわざわざ瞑想の時間を取ろうとやっきになっていたりします。でも、あぐらを組んで目を閉じて、なんてことをわざわざやらなくても、ある動作を無心でやっていたら瞑想状態になるのですよね。そういう意味で料理を始めとする家事はうってつけなんです。

 

少し前まで私は、家事は時間泥棒であると思いこんでいて、どうやったらそれから逃れられるか、どうやって効率化すべきか、とばかり考えていました。でも、「運動」と「瞑想」の時間なのだと思えば、やっていること自体に意義があると思えます。そして、わざわざ効率化しない。効率化を図ろうと頭で考えすぎると、それは「瞑想の時間」にはならないのです。「仕事」と同じ感覚になってしまうのです。もちろんなんでもかんでも手をかけて、と思っているわけではありませんが、ある程度単純作業でも、それはそれで意味がある、と納得しています。

 

そんなわけで最近は、家事は自分にとって仕事を続けるために必要なことなのだ、とさえ思い始めました。仮に家事から解放されていたら「運動」と「瞑想」の時間をわざわざ取る必要があるのでしょう。もちろん運動強度としては家事は軽度なので、いわゆる「少し激しい有酸素運動」などもやるに越したことはないないのでしょうが、とりあえず手近なところで家事や用事をおっくうがらずにやる、と心がけるだけでも、ヘルシーな生活に近づくことになるのではないかと思っています。

 

先輩の皆さんがいつまでもいきいきと仕事をされている姿に本当に励まされます。私もそういう風にずっと仕事をしていきたい。そのために今どうすればよいか。それを考えていきたいと思います。

 

 

 

| 日常 | 10:00 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
治験翻訳の母

ここのところ長女の受験で忙しく、なかなかブログを更新できませんでした。

進学先によっては家を離れることもあるので、それを思うとやはり寂しく、ああ、親になるってことはこんなにつらい思いをすることなのかとも思ったくらいです。そのことを母に話すともちろん母はその気持を理解し、自分もつらかったことを改めて語りました。「子を持って知る親の恩」とは本当によく言ったもので、自分が同じ立場になってより理解できることはあるものですね。欠点に見えていた母の言動はもしかしたら愛情の裏返し、寂しさが反映されたものだったのかもしれないなと思い至ることができました。そういう意味でも子育てを通じて学ぶことは本当に多いですね。

 

さて、そんな思いを抱えながらの日常の仕事、これには救われました。なんせ、仕事中は他のことは考えられませんから。今までも何度も救われたけど、本当に今回も救われています。仕事があってよかったと心から思いました。

仕事がらみでの人との交わり、これにも本当に救われました。

先週は翻訳会社さん主催のセミナーと治験翻訳講座に出席したのですが、そこでの自分は「受験生の母」という仮面から「翻訳者」の仮面へと付け替えたかのごとく振る舞えました。少なくともその場での一番の関心事が「翻訳」であるという空間の雰囲気にどれだけ救われたことか。リスク回避という点で、マルチタスクは不可欠だなあと改めて思いました。仮に自分が「母」であるということにしか重きを置いていない人生だと、かなりつらいときもあるわけです。「母」というところに「仕事人」を当てはめても同じですね。何か1つというのは避けたほうがよさそうですね。

 

翻訳会社さんのセミナーでは、社内の方々とお話する機会もありました。自分よりも若い人が大半で、そう、もう娘との年の差の方が少ないような方々ばかりです。キラキラした目で熱心に話される様子を見ているとああ、こんな風に娘もいつかしっかりと自分の道を歩んでいくに違いないとも思えたし、自分自身はたとえ娘が巣立っても若い方々と例えば仕事を通じて触れ合う機会は持てるのだなあとも思いました。

 

別の日に治験翻訳講座を受講した後の恒例のランチ会でも、いろんな年代の様々な状況の方々とお話することができて、それが何よりも自分の気分転換になりました。そのときに「○○さんって、治験翻訳の母みたいですよね」と同じ教室のメンバーから言われたのです。その教室での母親的役割、という意味だったようですが、なんだか私はその言葉に衝撃を受けました。

娘の件で寂しかったのは、娘が巣立ったらもう母として直接何かしてやれることは少なくなくなる、ということもあるのですね。それは本当に仕方がないことだし、巣立ちは喜ばしいことだから阻止するなんてありえない。娘2人はいずれ巣立っていき、自分は母としての役割を終えることになるのだなあと思っていたところに「治験翻訳の」という言葉。そのときに「ああ、私は生物学的に2人の娘の母でしかなく、その2人を助けてやることも少なくなっていく、やがてなくなっていくことは自明の理で、仕方がないけど、なにも生物学的な母でなくてもいいじゃん」と思えたのです。娘を思う気持ちは別の形で昇華できるのかもしれない。それは何らかの形での後輩のサポートかもしれない。具体的に今は思いつかないけど、家族オンリー志向ではなく外にも目を向けると、自分が母親的役割を果たせる場所はいくらでもあるのだと、思えたのです。

人が好きだから、家族のメンバーも好きで、娘が離れていくのは寂しいと思っていたけど、人は家族以外にもいっぱいいますよね。当たり前だけど、わりとファミリー志向だったから気づかなかった。自分が人生に何を求めているのかがまた少しわかったような気がします。

 

立場や役割が目まぐるしく変わる女性の人生、そのことが辛い場合もあるけど、変化は別の世界を見るチャンスでもあるのだから、様々な経験を自分の武器として、新たなフィールドでもハッピーに過ごしていく努力をしたいなと思います。

| 日常 | 10:50 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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