「熱い心でクールな仕事を」がモットーの
メディカル翻訳者の日々の暮らし
<< July 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< いいことあったよ | main | ボチボチ前進 >>
少しゆっくりと

(今日のムフフ)

結局ライブの当選確率は63倍だったらしい。3口申し込んでそれぞれ第3希望まで入れていたから、単純に計算すると÷9=7倍?

計算が合っているのかどうかわからないけど、とにかくよかった!横浜に住む姪っ子が外れたようで、あそこはやっぱり激戦区?そりゃあ、聖地(?)だから行ってみたいけどね。

 

 

ホラーには全然興味がないのですが、大ちゃんファンの長女に誘われたので、映画を観てきました。

なかなか話はおもしろかったですよ。ホラーが全然怖くない(スミマセン、そういうものを全く信じられない理系頭でして。でも、「ない」ことを証明するのは難しいので、「絶対ない」とは言いきれないのですが。ホラーよりも私が一番怖いのは、ずばり普通に存在している人々です。どうしてあんな怖いこと(人を傷つける、そして自分自身も結局傷つけるようなこと)が言えるのだろう、できるのだろう、と思うような出来事を直接的にも間接的にもいっぱい体験したので、それが一番怖い。人間ほど恐ろしいものはないです)私はどこをどう楽しんだらよいのだろう、と思っていたけど、話自体がなかなかおもしろかったです。もちろん大ちゃんもキュートでしたしね。

 

 

今週はわりとゆったりと過ごせました。

 

代休をとった夫と近所のお蕎麦屋さんに行ったり。

 

 

長女とアウトレットに行ったりしました。

ファーストフード店のバーガー類はもはや身体が欲さないのですが、KUA'AINAのバーガーなら食べられます(といっても付け合せのポテトは要らないかなという感じ)。

 

MACCHA HOUSEでは、もちろん抹茶ティラミスをいただきました。平日でも並ぶほどの人気。

 

 

さて、毎度おなじみの次女の文化祭のための衣装作りにそろそろ取り掛からねば。こういうものとか、弁当作りとか、ほんと、例えば父子家庭のおうちとかはどうするのだろうといつも思います(祖母に頼るとかって、私たちもいずれ孫の世話をするのが当たり前になるってこと?)。自分たちの母親世代よりも子育て自体の負担は大きく(習い事の送迎なんて、私たちの時代にはありましたかあ?)、さらに経済的負担も大きい。娘たちの時代には変わっていてほしいと切に願います。そうでなきゃ、一部のセレブ以外は「捨て育て」するか、子どもを持てなくなると思うんだけどなあ。子は社会の宝というのであれば、母も大事にしてほしいですよ。もちろん父もね。

 

そんなことをいつも考えながら、でも自分はこの一度しかない人生で、自分が幸せになれるように生きていくことにエネルギーを使いたいなと思っていて。つまり、社会が変わらないなら、その中でうまくやっていく、そっちにエネルギーを使いたいのです。社会を変えよう、人を変えよう、なんておこがましい。まず自分自身から。足元から。自分は自分を幸せにしているのだろうか。家族を、そして縁あって関わっている人を幸せにしているだろうか?そこに集中していきたい。正義感が強くおせっかいだった私が一周回ってたどり着いた生き方です。自分の無力さに気づいたということですね。そして小さいことしかできないけど、小さいことを大切にしていこうと強く思ったということですね。そんな小さいことを、ともし思う人がいるのなら、その人はまだ自分の無力さを感じる機会がない、幸せな人だと思います。社会を変えよう、人を変えよう、と思えるうちはまだ幸せなのです。

 

なんか、そういうところにたどり着いて、「怒り」みたいのがほんとなくなってきたなあ。特に、どうでもいい人のことで怒るというエネルギーの無駄使いには敏感になりました。直接何か自分に関係ある人ならまだしも(そういうところでもどんどん欲がなくなってきましたが)、直接関係ない人のことは本当にどうでもよくなってきました。大きいことをいろいろ言う前に、自分にはやることがいっぱいあるのです。人のことをかまっている前に、自分のこと、家族のことを考えなきゃ。ほらほら、そんなヒマがあったらおいしいお料理をもう一品作りましょ。家のあそこをキレイにしましょ。大好きな友人に連絡をとりましょ。有限な時間なんだから、自分の好きなことに使いたい。まあ、そういうどうでもいいことにエネルギーを使うのが自分の生きている証だと(無意識のうちに)思っているとしたら、そうしたらいいけどね。それでは足元を見たときに自分は何も変わらないのです。人のことを見ているうちは自分を深く見つめるという辛い作業をしなくてもいいのですよね。

 

少しでも自分自身が前進したい。自己愛、というのではなく、結局変えられるのは自分だけなのだから。

 

 

 

COMMENT









Trackback URL
http://blogathome.jugem.jp/trackback/1085
TRACKBACK